不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

クエンティン・タランティーノ『その昔、ハリウッドで』/これは「映画」の小説です

 クエンティン・タランティーノの監督第九作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のノベライズ小説である。翻訳は田口俊樹。何せ映画が大好きで、だらだらと四回も感想を書いたほどなので*1別にノベライズを読まなくてもなぁと思っていたが、書いているのはQT本人なうえにえらく評判がよろしいので買って読みだしたら、これがおもしろいでやがんの。脳内ではしっかりハマリ役ばかりの映画キャストで具現化されるのもおもしろさの一躍を担っている。

 映画のノベライズではあるものの、内容をそのまま小説化したわけではない。映画とは時系列を変えた構成(結構入り組んでいる)になっている上に、映画ではかなり印象の強かったシーンをさらりと数行で流してしまったり、代わりに別の違った要素を書き込みまくったりして、同じストーリーなのに全く違う作品に仕立てあげている。これは監督自らがノベライズしたからこその改変と言っていいだろう。映画オタクQTの豆知識、トリビアをとにかくふんだんに入れ込んでいて濃厚でマッシブ。中でもおもしろいのは、映画では撮影シーンしか出てこなかった西部劇テレビドラマの『対決ランサー牧場』がどんな物語なのか、たっぷりじっくり描いていて、それがあるがゆえにリック・ダルトンの演技と裏側がより映えてくる。さらに子役のトゥルーディとの描写もみっちり増えていて、ここがかなりおもしろい。相方クリフ・ブースも人となりやバックボーンがたっぷり描かれており、思った通りのノンシャランでありながらバッドガイであった。彼だけで一本映画ができる。

 そしてじょじょに映画と違ったラストシーンへと導かれていくのだがこれがまた感動的。改めて映画と小説を比べてみると、マンソンファミリーとあの事件を中核に据えた映画よりもこの小説こそまさに「その昔、ハリウッドで」というタイトルにふさわしいのではないかと思う。これは『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』という映画の小説であると同時に、「映画」という監督が愛してやまない芸術と業界を描いた小説でもある。映画も見たくなってきた。いまは配信されていないんだよな、いまさらだけどやっぱり円盤を買ってしまおうか。