不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

リックのこと/続・『OUATIH』の話

 QT映画を思い返してみると、主人公(だけでなく登場人物のほぼ全て)が訳ありかバッドガイである。人間はその二種類しかいないんだ、というQTなりの人間観に思えるのだが実際どうなのかは知らない、『タランティーノ・バイ・タランティーノ』(ロッキング・オン)や『フィルムメーカーズ3 クエンティン・タランティーノ 』(キネマ旬報増刊)は読んだが忘れてしまったし、本作公開を受けて発売された『ユリイカ』「クエンティン・タランティーノ─『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の映画史─」も買ったけれどまだ読んでいない。とにかくその二種類の人間しかいなかったのだが今作はそこから外れている。

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 主人公は二人いて、レオナルド・ディカプリオ演じる落ち目の俳優リック・ダルトンと、ブラッド・ピット演じるそのスタントマンのクリフ・ブース。クリフは間違いなく訳ありだが、リックは違う。バッドガイでもない、むしろナイスガイだ。テレビドラマ俳優として一世を風靡するもいまは落ち目となった俳優、と聞けばプライドだけは高かったり、自暴自棄に陥っていたりするものだが、リックは違う。確かに酒を飲みすぎているきらいがあるがアル中ではない、いささか自暴自棄ではあるがヤクはやっていない、喜怒哀楽の表現が激しくて人目をはばからず泣くけれど怒るシーンは覚えている限り二回で、内一回はクライマックス(あれを怒るといえばいいか少し迷うが)、もう一回はトレーラーの中で自分で自分に怒るところだ、不甲斐ない自分に喝を入れる、あのシーンはディカプリオのアドリブだと言う、怒るだけなら他の俳優でもできるがあのセリフ言い回しはすごかった。リックは他人に怒らない、紳士だった。落ち目であっても、気の乗らない仕事であっても、きちんと準備をして、前日にセリフを覚えようとし最高の演技をしようと努力をしている、安易な一発逆転を狙わない。彼は彼ができる事を考えに考えて決断している、それは映画の終盤のある決意でも変わらない、だからクリフは信頼している、もちろんそれだけではないだろうその複雑な関係はまた別の時に。

 黄昏時を迎えた中年俳優、誰もがある時あるタイミングで迎える時間にいる男。善、とは言わないけれど、ある種真っ当で、抱えている厄ネタもない主人公はこれまでのQT映画にはいなかったように思う、何故QTが彼のような人物を描いたのかは知らない、たまたまかもしれない、たまたまリックを生んだのであればそれはそれでQTの中で何かが変わったと言えるのかもしれない。この文章は間違えてはならない名前など以外は検索せず、一回だけの鑑賞によるものなので、間違いや思い込みがあるだろうがその辺も含めて現時点の俺の感想と思っていただきたい。

 ディカプリオは苦手だった、『ギルバート・グレイプ』で知って以来、それなりに作品は見ているが、ずっと苦手意識があった。それが払拭されたのはまさにQT映画である『ジャンゴ 繋がれざる者』からだった、おお、ディカプリオいいじゃないか、そう思うようになっていたけれど、まさか本作によって、いまさらディカプリオを好きになるとは思わなかった。彼のベスト演技だと思う、チャーミングでもある、これでオスカーをあげてくれ、二度目にふさわしいと本気で思う。レオナルド・ディカプリオもリック・ダルトンも愛すべき役者だ、間違いなく。