不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

二月四日、カレーを一杯

 正午前に神田駅で悪友IZと待ち合わせ。カレーを喰おうという約束をしていたのだが私の不調でドタキャンをしてしまい、仕切り直しで本日となった。北口から少し歩いたところにあるトプカというお店で、有名店らしく少し並んでいたがそれほど待たずに入店。IZも私も牛すじカリー+インド風ポークカリーの盛り合わせ(写真)。スパイシーでなかなか辛いが、スッキリしていて余計な辛さの引きがない、これはうまいな。個人的には欧風の方が好みだったので次来た時は欧風の別のものを喰おう。IZが店近所にある近江屋洋菓子店で家族への土産を買うというので便乗。ぶらぶらと東京駅の方へ歩き、オアゾ内のスターバックスで腰を落ち着けて駄弁る。軽井沢暮らしの様子を聞くと、当たり前ではあるが東京とは全く違っていておもしろい、軽井沢に住むという発想がよく生まれたな。会社都合もあったとはいえIZがあちこち転々としている、私はというと引っ越しそれ自体は嫌いではないが引っ越し作業が大嫌いなので一カ所に長くいがちだ、本の量が全て悪い、要するに自分のせいなのだが。近いうちに軽井沢へ遊びに行くよといって解散。

 地元に戻りカミさんと合流してから、中途半端に時間が余ったので久方振りにカラオケに行ってみる、咳が出ている頃は行っていないからいつ以来か。一曲歌ってわかったが、声が出ないし呼吸が全然続かない、明らかに肺が弱くなっている。これは肺のリハビリかもなとゆるゆると歌ったが、やけに疲れてしまった。お気に入りの店が入れたのでそこで夕飯を取って帰宅、家に着いたらすっかり眠くなってしまったので早めに風呂に入り、日記を書いて、とっとと寝る。

豆撒かず

 本日は節分だが豆を買い忘れたので豆を撒かなかった。正確に言えば買い忘れていたけれど帰る前に駅前でカミさんが思い出したのだが、「今年は撒かなくてもいいんじゃないかな」と私が言ったら、カミさんも「ここ数年の不調は鬼を祓いすぎたからかもね」と私の気持ちと同じ事を言うので買わずに帰った。この一年は福も鬼も猫も人も一緒に過ごす事にしよう、たぶん適当に仲良くやっていけるだろう。

駄目なものは駄目

 昨年出て書評などでも好評だった本をわりとすぐに古本で手に入れたものの、最初の方をパラパラ読んでから放っておいてしまい、今年に入ってからようやくちゃんと読み出した。アートをめぐる一冊と書けば、あああの本ねと思う人もいるかと思うが、そもそもの狙いも内容もたしかにおもしろいのだれど、自意識の出し方といえばいいのか書きっぷりといえばいいのか、とにかく読んでいて違和感やモヤモヤを抱き続けていたら、途中で友人として出てきたのが前に著作を読んで苦手だな、まぁはっきり言えば嫌いだなと思った人だったので、どこか腑に落ちてしまった。いや、嫌いな人が友達ならその人も嫌いになるなんて事はないのだけれど、そうはいっても友達かと思ってしまうのは心の狭さか。そのうち気にならなくなる、あるいはおもしろさが勝つかもしれない、好評の本だしと理由にならない理由で自分を誤魔化してがんばって読んだが、合わないものは合わないので読むのをやめてしまった。そのうち読める時が来るかもしれない、来ないかもしれない。

PCのデフラグをしなくなった

 少し前に夢に十年近く前に死んだ猫が出てきた、もふもふしてやった。先日、数年前に亡くなった仕事で親しくしていた人が出てきた、普通に会話をしていた。そろそろ母も出てくるのではないかと思っていたら、ついこのあいだ出てきた、何か話したかは忘れた。夢で再会した時は相手が現実では亡くなっているのだと認識していなくて、そこに当たり前にいて、お互いに当たり前のように応対している。悪夢は結構見るが悲しい夢は見ない。たった一度だけ夢で母に会ってそこで泣きながら現実では言えなかった言葉を口にしていた。それは悲しいといえば悲しいけれど、起きたら悲しくはなかった。睡眠は脳のデフラグで夢はその間の残像という話を聞いた事があるが、これらの夢は自分なりの処理、というかけじめ、あるいは区切りみたいなものなのだろうか、そう思っておいた方がいい気もする。

二転三転ラーメン店

 会社近所の気に入っていたラーメン屋がいつの間にか潰れて、次も居抜きでラーメン屋が入ったのだが、店名とメニュー以外はほぼそのままなので同じオーナーによる店なのだろうと推察する。前は魚介系で次は鴨のラーメン、だったら追加メニューにすればどちらも楽しめるのにと我が儘に思うも、コストだのなんだのといろいろあるのだろうくらいはわかるので、まぁ新ラーメンもうまいからいいかと許していたのだが、今日後輩から「あのラーメン屋、潰れましたよ」とあっさり教えられる、おいおいリニューアルは何だったんだ。ただ、一応「閉店」ではなく「休業」らしいので再開する可能性もあるので一応待つが、この右往左往を見ているとあまり期待できない。肝心のラーメンがうまいのにうまくいかないのだから飲食業は大変だ。や、何事も品物が良ければうまくいくという事はないかな。

いろいろ痛い

 右の臀部側面から足にかけて妙に痛いが寝違えたにしては変な部位なのでどうなっているのかとさすっていたら、前にもこんな事あったなと日記を検索したら出てきた、二〇〇八年でその時は左側が痛くなったらしい。確か特に何もせずに痛みは引いていったはずなので、今回も様子を見る。何事も書いておくものだなと思ったが、一方でその頃の自分の文章が読むに堪えないとは言わないけれど、今は絶対にこんな事もこんな文章も書かないというものだったので、一人で恥ずかしくなって消したくなってしまった(消さないけど)。自分の若さと青さがある意味で痛い。

一月二九日、集中できず

 駅の方まで出る途中、公園を通ると薄いながらも池の表面が凍っていた。こういう時はいつもいる鴨など鳥たちはどこへ行くのだろう。以前弁当をテイクアウトした店に行き、今日は店内で喰う、弁当同様なかなかうまい。本屋に寄ってから喫茶店へ行き読書のつもりが、あまり集中できず。適当に切り上げてスーパーに寄ってから帰宅。NHK+で95年に放送された『映像の世紀』を見る、いきなり第四集のヒトラーの回から。要所要所のフォントやエフェクトに古さ(ダサさ)を感じるものの本編は映像と抑制されたナレーションでストイックに展開されて見応えあり、が情報量が多いせいか脳がシャットダウンするかのように途中で寝てしまう、どうも今日は駄目だ。夕飯は味噌煮込みうどん。『どうする家康』をまだ一応見る。歴史を知っているので(または調べられるので)あとで補完してこういう事かとわかるけれどドラマだけだとよくわからない、物語の動線と深掘りがうまくない。それでもこれまでで一番マシな回ではあるが、血文字の「たすけて せな」はちょっとないだろう。今日も夜の散歩でカミさんと感想戦が盛り上がる。