不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

一月二〇日、だらだら過ごす

 電車に乗ってどこか行くつもりだったが身体が重いのでやめる。ファミレスで仕事をするというカミさんについていき、本を読むが持ってきた二冊が一冊はつまらない、もう一冊は眠くなるとハズレで困った。余った時間はiPhoneをいじって過ごす。買い物をしてから帰宅、夕飯は鍋。さて、見てみるかなとNetflixのドラマ版『新聞記者』を二話視聴。「実際の事件通りの事実描写、時系列でなければならない」とも、「モデルになった人物のOKがなければ作品(物語)にしてはならない」とも思っていないけれど、遺族の協力を拒否されて、そうまでしてこの作品を撮り何を描こうとしているのか、よくわからない。あと四話で出てくるだろうか。

一月一九日、グッチ

 病院に行き、喘息の経過観察。九割治っているけどもうちょっとだけ薬を続けましょうという事になる、治ってから二ヶ月後くらいにぶり返しだしたのでその方がよい。一度家に戻り、薬などを置いてからカミさんと再び外出。駅前の台湾屋台で飯を喰い、喫茶店でお茶。本を読んでいたら寝てしまう。時間になったので、映画館へ。場内では座席にアルコールをふきかけ、持ってきた新聞紙で拭いている人がいた、この感染者数なら気にするのはわかるがそれだけするならいま映画館に来るのを避けた方が精神的によいのでは、とつい思ってしまった。

 『ハウス・オブ・グッチ』。何せ『最後の決闘裁判』がすこぶるおもしろくて、なのにすぐさま本作が公開なのだから、よくぞこんな短期間に撮影したなと驚きながら期待して見に来たが、間が短かったぶん監督の作品への熱量の違いがわかってしまった気がした。巧みな演出と筆捌きで結果的におもしろく見てしまったけど、リドリー・スコットがグッチにもファッションにも興味がない事が見えてしまいやや冷めてしまってもいる。どこかから任せられた仕事なのかな、とすら思う。デザインの変遷くらい見せてくれてよ。なので、サーガとしての地獄の見せ方も浅め甘め。唯一、サーガの空気と物語はアル・パチーノが一身に背負っており、あの契約の場はまさに一人舞台(浮いているとも言えるけど)。パチーノとジェレミー・アイアンズの兄弟は濃い。アダム・ドライバーレディ・ガガは普通。ジャレット・レトは最高。とマイナスの事ばかり書いているけれど、同じシーンをリフレインさせて、クライマックスで違う意味合いを持たせた上に、そこで見せるマウの思い出し笑いは、何も語らずどの話を思い出したかを観客に委ねる事で思い出の美しさと切なさを際立たせていて、あれには脱帽、すごい。あれだけで金払う価値ある。

 観賞後、それほど腹が減っていないので、韓国チキン屋でセットを一人前だけ買って帰り、家で半分こ。『孤独のグルメ』を2エピソード見てから入浴、出たら「クローズアップ現代+」で茨木のり子特集をやっていたので見る。

一月一八日、豪遊

 午前三時頃に帰宅、風呂に入り寝る。起きたのは十時頃、階下からカミさんが話す声が聞こえてきて、そういえばオンライン打ち合わせをすると言っていたのを思い出したので、そのまま一時間布団にくるまる。改めて起きて、あんバターホットサンドをカミさんと半分こして、彼女は仕事、私は漫画などを読む。二日入院していた虎猫が久しぶりに膝に乗る、調子いいのかよく食べて爪研ぎもしている、よいよい。何か映画を見るつもりが睡魔に負けて昼寝。夕方に外出し、早めの居酒屋へ。ちょっといいものを喰おうと値段高めのものもばんばん注文、蛤うまい、牡蠣うまい、何でもうまい。結果いつもより一人頭プラス千五百円ほどに、この程度が私の豪遊である。家で『孤独のグルメ』シーズン9を見ながらカフェラテ。

ぬれせん

 差し入れでイチゴと濡れせんべいをいただいた、イチゴは甘く、濡れせんべいはシナッとしていた。ずいぶん前だが、「ガンコ職人」と書かれたせんべいが濡れせんべいだったのだが、果たしてガンコ職人は濡れ煎餅を作るのだろうか、どう考えても邪道に思えるが、意外と熟練の巧みな技が必要なのかもしれない。子供の頃に柿の種を少しお茶にひたして食べていた時期があって、あれは濡れせんべいの走りをしていたのかと思ったが、シナッとするほどではなかったので今の濡れせんべいとはちょっと違うかもしれない。亀田製菓のものではなく、地方のせんべい屋のものだったがあの柿の種はうまかった、一体どこで買えるのか、もう知る術はない。

一月一六日、つつ

 猫の見舞いに行くカミさんと病院前まで一緒に行く、顔を見に行くくらいしたかったが会社へ行く、残念でひどい選択をしている事がわかっている救えぬ自分を自覚しつつ。メールで虎猫は機嫌は悪くなく、連れて行く前のゲンナリ具合は軽くなっていた事を教えてもらいホッとする。作業をし続ける、いつか自分に跳ね返ってくるんだろうなと思いつつ。22時過ぎに上司が「カステラがあったんだ」と言って誰かからもらったチョコカステラを出してきた、太るなと思いつつ、でも頭を使っているのだからと言い訳しつつ二切れも食べてしまった、後悔しつつ日曜の終電近くまで仕事を続けた。しつつしつつと同時なようでどちらかを選びつつ。

一月一五日、再入院

 虎猫の調子が悪いのだが会社に行かねばならず、カミさんに託す。午後に病院に連れて行ったら、あっちは回復したがこっちが不調で再入院するとの事、なかなかうまくいかない。白猫の方は入院からは落ち着いていて食欲も回復している、黒猫だけは相変わらず。遠くから念を送りつつ、仕事に励む。何やら隙間なくひたすら忙しい。今年もいつも通りこんな感じなんだなと遠い目になりつつ。

詩を読み出す

 一昨年末から歌集を何冊か買っていて、時折り開いては数首読んで閉じてそのうちまた開く、といった読み方をしていて、そこからちょっとした理由もあって、詩にも手を出し始めた。だがこれまで詩は散文に引用されている一説などを読んでその強さを感じていたのだが、その詩全編となると読み方がわからなくなってしまう。中原中也くらいは読んでいる、あと正岡子規も。他にも詩集は何冊か読んではいる。まずは詩を扱った本を読もうと選んだのは四方田犬彦『詩の約束』(作品社)。基本は現代詩だが日本だけでなく様々な国の詩やその読みが書かれていて、おもしろく読んだ。ここを出発点にしてみよう。あとは気になったのを手に取る。とりあえず、いまはエズラ・パウンドについて書かれた本を読んでいる。