都築響一『夜露死苦現代詩』を読む。
もはや詩というジャンルは死に絶えたと思っていた。あるとしたら音楽の歌詞くらいだと。でも、まだ生き残っていたね。文壇や文芸評論家の目に止まらないけど、地下で、薄暗闇で、日常で、その辺で蠢いている。目を凝らさないと見えないけれど、確かにそこにある。
《過去数十年の日本現代詩の中で、「夜露死苦」を超えるリアルなフレーズを、ひとりでも書けた詩人がいただろうか》という都築響一が、埋もれている《リアルなフレーズ》を発掘していく。例を挙げたいが、全部引用したいくらい、いいので、きりがないからやめておく。
後書きで、著者は「相田みつを美術館」に行く。相田みつをといえば、「にんげんだもの」など素朴なフレーズでお馴染みの詩人だ。彼の劣化コピーとしか言いようのない詩人が沢山出てきたせいもあり(主に路上に)、あまり好きではなかったのだが、この訪問記を読んで考えを改めた。
相田みつをは《喫茶店のトイレに自分の作品が掛かっているのを発見し、恐縮するオーナーに「ここに置いてもらうのがいちばんうれしいです」といった》。自分の詩は、一人になってその言葉と、そして自分と向き合わなければならない場所こそ相応しいと考えた。彼は詩人であり、言葉に対して誠実であり、またプロだった。
もう、感想書くのも面倒なくらい面白かった。読め。立ち読みでもいいから。一回読めば、多分買うぞ。金がないなら、本を貸してやる。ちゃんと返せよ。
言葉には力がある。これ絶対。確信した。
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- 作者: 都築響一
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