不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

坂本龍一『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』/危うくって好きな人

 『音楽は自由にする』の続編にして最後の語り下ろし自伝、聞き手は鈴木正文。『新潮』連載時に一回ほど読んだが、これはまとめて読むべきだなと待っていたら、教授が亡くなってしまった。本人もそれを見越して始めたのだろうが、葬式のプレイリストを作成するなど*1自らの手で自分の喪の仕事を進めていたようだ。

 亡くなってから聖人・偉人であるかの如き扱いを受けていて、音楽面では偉人であろうが聖人という事はなかろうと思っていたところでこの本を読むと、やはり坂本龍一は危ういバランスにいる、率直に言って性格の悪い人なのだとよくわかるし、だから好きだったなとも思う。本書でも別に言わんでええ事をさらっと言っちゃったり、どう考えてもその言葉は相手を不快にさせるというものをチョイスしたり、そのつど笑ってしまった。音楽的な面はともあれ、政治的・社会的な発言は微妙である。トランプとヒトラーを並べるような陳腐で見当違いなところもあるし、時にオカルト、時にスピリチュアルな話にハマっているのも見え隠れした。

 あの「たかが電気」発言についても触れていて、こういう意図だった、後悔はなく《好きなように切り取りたいひとは、勝手にそうすればいい》と文字起こしを全文載せているけれど(亡くなった後にも全文引いて擁護している人がいた)、あなたの気持ちはわかるがやっぱり口が滑ったねとしか思えなかった。脱原発関連で言えば、活動はいいが、「脱原発運動をしている自分に政府が刺客を送ってくるかもしれない」とパートナーに話していたそうで、本気で思っていたのだろうか、ジョークのトーンではなさそうだったが。そのパートナーは「あなたが暗殺されたら、世論が反原発に傾くからいいんじゃないの」と言ったそうでこの人がいなかったら教授は政治的・社会的な面では陰謀論にハマっていそうだなとヒヤヒヤした。

 と、意地悪にも引っかかったところばかりをついついピックアップしてしまったが、何事においても性格悪くも率直で、自分の考えをストレートに言うその語り口は書いた通り私の好きな坂本龍一だし、クリエイティブな話はどれも当然おもしろいし、最後の最後まで創作をし続けてきたその姿勢には拍手とお礼を送りたい。