不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

続・「ピザじゃなくてピッツァです」

 昨日の日記を読んだ姉から「イタリアではピッツァは一人で一枚食べる。イタリア人でシェアしている人、見た事ない」とイタリアに四年住んでいた経験からの意見が送られてきた。大きさは日本もイタリアも同じくらいで、味はイタリアの方が薄めだという。そこから「日本人は同じ味を食べ続ける耐性が低いのでは」という仮説が出た。そういえば、日本の食卓は小皿が多い=品数が多い、すなわち違う味がいくつもあるという話を聞いた事がある。そう考えると、家で料理を作る人が「今日の晩御飯はどうしよう」と悩んでいるのも頷ける、一品をドーンなら簡単だが数点あるなら面倒だし考えないといけない。もっともカミさんは「大皿でも小皿でも自分の好きなものを適当なルーティーンで回して、たまに新機軸を作っていけばいいだけなのに、何を悩むのかがわからない」と言っていたから人それぞれである、私も別段それに文句はない。姉の旦那はピッツァであれピザであれ一枚を一人で平気で食べられるし、一週間同じものでも平気だという。かといって食に興味がないわけでなくうまいものが好きだから不思議だ。私の知り合いの中で理解しきれぬ人の筆頭である、そもそも一番理解できないのは姉と付き合い結婚した事なのだから彼が私にとって謎の人であり続けるのは当然の事なのであった。