不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

はてなダイアリーと私

 ついに来たか、来るべき時が来た、誰もがそう思ったであろう、「2019年春『はてなダイアリー』終了のお知らせと『はてなブログ』への移行のお願い」だ。はてなダイアリーは近いうちに終わるとはてなブログが始まった時に予感を抱いて、カウンター・アクセス解析サービスが停止した時に実感へと変わり、それから約一年後の本日にそれが決定した。Twitterであるはてなダイアリーの書き手(相互フォローしている人)が「た、立ち退き……再開発のあおりだ」と言っていた、うまい事を言う。
 まだ終了まで半年以上あるが「はてなダイアリーと私」でも書こうかと考えていたのだが、正直言って特筆すべき思い出はない。そもそもの私の公開日記歴を書けば、mixiで書く事の楽しみを知り、しかし知り合いばかりなのでちと窮屈な思いをしていて、そんな折に先輩がはてなダイアリーで非公開日記を書いており「アカウント取れば、承認して読めるようにするよ」と言われたので取得し、せっかくだからと自分でも日記を書き始め、いつの間にか毎日書くようになっただけだ。コメントはごくたまに今でももらうものの、トラックバックだとか、誰かと論争したとか、そういう事はなく片隅でひっそりと書き続けていた、以上終了、世は事もなし、である。
 だが、もう少しきちんと思い返してみればはてなブックマークはてなアンテナによって、俺はネットの世界の広さと深さを知ったわけだし、その一員になった事は、何がどうというわけでもないのだが、ちょっと、いや、はっきりと、嬉しさや楽しさを感じていた。何よりもはてなダイアリーで日記を書くのが一日の楽しみであり、生活の一部になったのだ。そう考えれば、はてなに出会って日記を書き始めた事こそが特筆すべき思い出と言えるのかもしれない。あ、そういえばあるはてなダイアリーの書き手とは実際に会って知り合った事もあった、何だ思い出があるではないか。
 ところで私が「はてな村」という一種のコミュニティみたいなものがあると知ったのは日記を書き始めた後で、そうか、ブログのベテランになるとそういったコミュニティに入っていたり、存在感を発揮したりするのかと思い、かといってそこに入りたくもなく、隅っこでコツコツと書き続けて今に至るのだが、先の記事内に《15年前の2003年1月16日よりベータ版の提供を開始し、同年3月13日に正式版を公開》とあり、私が始めたのは2006年6月30日なので開始後わずか3年だから別にベテランのコミュニティでもなかったようで、さらにその後12年間毎日書き続けて気づいたら私自身がすっかり古参者に、いやブログの廃れ方を思えば限界集落にいる化石のようになってしまったのだ。別段それで構わない。腐りたくはないが、乾いているのはいい。
 終わるものは終わる、仕方ない、先をどうするかだ。すぐに移行してしまおうか、それともギリギリまでここで日記を書き続けようか。また、この日記のデータをまるっとはてなブログに移行するのは簡単らしいので、移行させて続けるか。はたまた、《公開済みの投稿データについては引き続き閲覧できる状態を維持するように予定して》いるのなら、この日記は日記で完結させておいて、はてなブログで改めて始めるのも有りではある。新しくしたところで書くものは同じだろうが。まぁ今日の今日で決める事もない、おそらくあっという間だろうが、もう少し考えてから、手を付けよう。とはいえ、年明けの一月一日からはてなブログに移行というのはやめておく、キリがよすぎる、よすぎて居心地が悪い、もっと適当な時、タイミングの方がいい。
 とりとめのない事をだらだら書いた、センチメントになる一方であまり愛着執着を持たないという変な性格ではあるのだが、さすがに10年以上ほぼ毎日書いてきた、もとい、毎日書いている場所が変わるとなると思うところがあったらしく、我ながら驚いた、内容は特にないんだけど、書きたくなる、そんな思い。