不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

走れ、どこまでも


 スラムドッグ$ミリオネア鑑賞。監督、ダニー・ボイル。出演、デヴ・パテル、マドゥール・ミタル、フリーダ・ピントアニル・カプールイルファン・カーン、アーユッシュ・マヘーシュ・ケーデカール、アズルディン・モハメド・イスマイル、ルビーナ・アリ。
 「クイズ$ミリオネア」に挑戦するジャマール。スラム出身でまともな教育を受けていないにもかかわらず連続正解。そして1000万ルビー獲得の権利を得るが、不正の疑いをかけられ警察に連行され、拷問に近い取り調べを受ける。ジャマールがぽつぽつと自分の話をしはじめ、クイズの答えは彼の過去の出来事の中で見つけた事が分かっていく。
 ダニー・ボイルの音的センスが光る。流れてくる音楽だけでなく、インド内で響いている生活の音の数々が、こちらにズシンと響いてくる。流れるBGMとスタイリッシュな演出でスラム街を、貧困を、しかし生き生きとした子供たちの笑顔を見事に映し出している。かつて『トレインスポッティング』でスコットランドのヘロイン中毒の青年たちの力強さをPOPな音楽で描いたダニー・ボイルが、インドを舞台にこれまでの集大成を見せつけてくる。
 主軸はジャマールが幼なじみの初恋の女性を思い続けるという恋愛物語で、寓話と言える。だが、寓話であるが故にキラキラと輝いており、奇跡の物語となった。
 主人公ジャマールは、常に口が半開きでノータリンな印象を受け、だからこそ連続正解に不正の疑いをかけられる事が普通に思えた。ひどい言い方だが。だが、ノータリンだからこそ、諦める事を知らず、また初恋の人を一途に想い続けられる青年にも見えたわけである。
 映画は、生きる事と人間に対して肯定的で、一筋の希望の光を決して消さずに「そこに光がある!」と断言している。説教くささはなく、笑顔に溢れているのが、すばらしい。
 貧困、宗教的対立、故意に盲目にさせられる子供たち、街を牛耳るギャングといったインドの負の部分を描いており、どちらかというと陰惨な話だが、テンポのよさとユーモアセンスで暗さを感じさせない。とはいえ、インドでは負の部分ばかり誇張していると問題になったそうだが、描いたからこそ、人間の強さが見えてきた(批判するのもよくわかるけれど)。
 結末から見れば出来すぎの話だ。そんなうまくいくわけない、と誰もが思うだろう。
 だが、それはジャマールが諦めずに行動したから生み出された結果であり、奇跡であり、運命なのだ。そこを間違えてはならない。我々も日常で誰かに「アナタはラッキーよね〜」とひがまれる事があるだろう。実際、俺はそう言われた事がある。だけど、ジャマール同様、その結果は俺の意志と行動と、少しの運で勝ち得たものなのだ。
 そう、必要なのは意志と行動と、少しの運だ。奇跡や運命は、それの結果に過ぎない。もちろん、敗北という結果もある事を忘れてはならず、映画でも金にまみれて死んでいく敗者もいる。その“彼”が呟く一言の真意は深い。
 「クイズ$ミリオネア」で獲得するものは当然、金である。だが、ジャマールは金には執着していない。あくまで「想い続けるあの人に会えるかも」という微かな望みとして出ただけだ。気まぐれと言ってもいいかもしれない。ところが、勝ち進むうちに、「クイズ$ミリオネア」は単なる賞金獲得番組ではなくなっていた。そこにあるのは夢であり、希望である。ジャマールの後ろには無数のスラムドッグがいるのだ。彼ら敗北者は、「クイズ$ミリオネア」を見て、一匹のスラムドッグが夢をつかむ瞬間を見届けようとしている。その光景は本当に美しく、至福だった。ジャマールが成功したからといって、彼らの生活が良くなるわけではない。だけど、そこできらめいている光は、確実にスラムドッグ達の生きる力となったのだ。
 一方、ジャマール自身は「クイズ$ミリオネア」で2000万ルピーを獲得する事を「運命」だと思うが、それだけであり、獲得する前も、した後も全く変わっていない。彼が望んでいたものが、唯一つの愛。それは寓話でありながらも、美しさが際立っていた。
 エンドロールでは、インド映画ばりのダンスシーンに突入、高揚感がまたすばらしい。かわいく手をつないだ二人がどこへ行くのか。幸せになれるのか。そんな事は知らん。また彼らが意志と行動と運で、切り開いていくしかない。
 斜めに構えて見始めたが、素直に、感動した。