不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

とりあえず投票しろ


 『ミルク』鑑賞。監督、ガス・ヴァン・サント。出演、ショーン・ペンエミール・ハーシュジョシュ・ブローリンディエゴ・ルナジェームズ・フランコ、アリソン・ピル、ヴィクター・ガーバー、デニス・オヘア。
 1970年代サンフランシスコ、ゲイをはじめとするマイノリティの人権問題に取り組み、初めて公職に就いたゲイ、「タイム誌が選ぶ20世紀の100人の英雄」ハーヴェイ・ミルクの物語。
 ミルクをはじめ、登場人物の背景もきっちり描き、マイノリティとして生きてきた内側がこちらに伝わってきて、人間ドラマとして良質だ。さらに主演のショーン・ペンは、他者を魅了し惹き込む力を持ったミルクを、ユーモラスに、そしてキュートに演じてみせた。ショーン・ペンは達者な役者だが、その演技にはどこかマッチョ的な臭いがしたものだが、ミルクはたまらなくキュート。全くノーマルな俺だが、48歳でかわいい、と本気で思え、男同士の絡みが、きちんとエロチックに見えた。アカデミー主演男優賞受賞も納得である。
 鑑賞後、ふと、2002年に『SIGHT』で「信じろ! 投票所で自民党は倒せる!」という特集が組まれた事を思い出した。表紙は小泉純一郎首相(当時)。その2年前に同誌で「日本の政治は永遠に退屈なのか?」という特集で、表紙はこれまた首相になる前の小泉だった。何してんだか、と思ったものだが、それはともかく、この映画は極めて政治的な要素のつまった映画なのだ。「政治は最高のアートである」というのは確か古代ギリシャの言葉だったと記憶しているが、先日の『フロスト×ニクソン』も含めて、なるほど、その通りだなぁと納得、理解した。
 マイノリティが自らを公に認めてもらう、つまり社会に認めてもらうためには、政治に踏み込まざるを得ない。自ら「カストロ通りの市長」と名乗っていたミルクが、本当の政治に踏み込むのは当然といえば当然の流れだったのかもしれない。おもしろいと思ったのは、政治劇の舞台が「市政」という、コンパクトな大きさという事。あくまで大きい舞台ではなく、現実的に先を見ているあたり、ミルクの政治家としての素質がよくわかる。
 「君の演説は希望を与えない」と忠告され、「希望」を前面に押し出すようになるのだが、そのためにポピュリストとなってしまう。そして、気づけば「マイノリティの権利を獲得したい、認められたい」という思いも武器になってしまい、派閥が嫌いなミルクは、派閥の中心人物となっていた。
 ではそれは悪い事なのかと言えば、そうではないだろう。ミルクは、それらを使って確かに自分自身の理想へ前進しているのだ。言ってしまえば、それが「政治」なのである。権力を使い、時に圧力をかけ、時に大衆に媚び、自分自身の思いを実現させるべく邁進する。イノセントな思いのままではいられない。市長に「独裁者のようだ」と言われた後のミルクの表情が、印象的だ。
 政敵となるダン・ホワイトは、そこが理解できなかったのだ。彼は善悪、道徳・不道徳という一見立派な価値観で判断するが、それは曖昧模糊なものであり、権力闘争であり有象無象がひしめく政治舞台では彼を迷子にさせるだけだった。ホワイトの苦悩も含め、ミルクとの対比は興味深い。そして、その後も……。
 最後にハーヴェイ・ミルク本人の写真が出てくるが、ほんの少しの間だけなのに、チャーミングな笑顔が本当にステキで、一瞬で魅了された。そしてそのチャーミングな笑顔の裏にあった物語を思うと、胸が熱くなった。

もし一発の銃弾が私の脳に達するようなことがあれば、その銃弾はすべてのクローゼットの扉を破壊するだろう。