不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

Uという幻想の歴史

 塩澤幸登『U.W.F.戦史』を読む。塩澤氏は『KUROSAWA』といい『MOMOSE』といい、やたらめったら分厚い本ばかり書く作家だ。これも638ページと分厚い上に、誕生・勃興編として1983〜87年の4年間のみ、3部作の一冊目だ。そりゃうっすいよりかはいいけど、厚すぎるのもな、うんざりしてしまう。
 UWFの物語は、だいたい知っているので、読み飛ばすわけではないが、ちょいと早めにページをめくっていった。細部の話がおもしろいが、まぁ範疇内。
 前書きで著者は《本書は〔U.W.F.〕という名称の冠せられた日本のプロレス団体の歴史を記録した書である》とし、こう続けている。

 これまで何冊か、ノンフィクションと呼ばれる作品を手がけてきたのだが、今回、私がこの作品をノンフィクションと考えず、これは歴史書である、というふうに書いているのには理由がある。それはなによりもまず、現在の状況のなかから執筆のための資料を求めようとしなかったからだ。
 端的にいうと、誰かに取材すると、その人に原稿の事前チェックを要求され、場合によっては修正や部分の消去を要求されるからだ。

 ノンフィクション作家として、身も蓋もない書き方じゃなかろうかとも思うが、確かに本書は歴史書かもしれない。存在する膨大なプロレス関連の書籍、雑誌から材料を発掘し、歴史を再構成している。自分の思いのたけを語りまくる従来のプロレス本に比べると、冷静でかつ公平に分析している。
 アントニオ猪木のいい加減さ、佐山聡の理想、前田日明の疾走、山崎一夫のいい人っぷり、新間寿の魔物っぷりなどなど、資料の引用から浮き彫りになっていく姿と背景、そして歴史は、かなりおもしろい。

 旺盛であった時代のプロレスの泥濘のなかから、その時代の精神に要請されて選ばれ、〔格闘技の荒野〕を目指して歩き始め、悪戦苦闘し続けた男たちの歴史の記録である。

 ただ、そのぶん熱がない。少なくとも俺には伝わってこない。はっきり言ってプロレスファンじゃなければ、こんな分厚い濃い本を手に取らないが、プロレスファンがこれを読んで、果たして何を思うのだろうか。新しめのUを知らないファンなら発見かもしれないが、少しでもUを知っている人間は、何を感じ取るのだろうか。俺なんかはUとずれた世代なので、いまいちピンとこなかった。
 あと、「どうでもいいのだが」と言いつつ、ちょこちょこ細かいところを突っ込んでいくのにはイラッとした。「どうでもいい」という言葉がスパイスになるような文章になっていない。書く以上はしっかり書いてほしい。特にターザン山本には一家言ありそうだし。


 これ以降は、俺が重度のプロレス脳を持っているせいの考えなのだが、話題となった柳澤健1976年のアントニオ猪木』と比べると、俺は『1976年〜』の方が好きだ。というのも『1976年〜』には、いかがわしさがあるからだ。
 『U.W.F.戦史』は冷静で、公平で、濃厚な歴史書だが、だからこそ無味無臭と言ってよい。特に生身の人間には一切取材しておらず、資料のみから再構成された歴史=物語で、それは冷たいものだ。『1976年〜』もやや冷たさがあるが、いかがわしさが残っている。それはUとアントニオ猪木の違いなのかもしれない。
 スタイルとして、塩澤氏は取材をせず徹底して資料を研究した。柳澤氏は取材をしているものの、肝心のアントニオ猪木には取材できなかった、もとい、しなかった。短絡的にこの点だけを見てみれば、誠実なノンフィクション作家はどちらかと言えば塩澤氏になるだろう。日垣隆氏もメルマガで、この点を批判していた。それは俺も理解できる。
 しかし、ジャーナリズム脳ではなく、プロレス脳を持つ者としては、「アントニオ猪木が取材する際に金を要求してきた」(だからインタビューしなかった)という事実を最後に持ってきた『1976年のアントニオ猪木』の方が、「プロレス」として出来上がっているな、と思うのだ。
 UWFというある種の理想、イデオロギーをまとった団体と、魔力を宿したアントニオ猪木という個体。Uという消えつつある(それでも生き残ろうとしている)イデオロギーと、今なお問題山積みでも生き残っている猪木。ここに大きな差があるような気がする。
 ただ、塩澤氏、柳澤氏と二人に不満なのは、「もうプロレスは終わっている」という立ち位置で語っている事。もちろん、本当にそう思っているのだろうけど、なんだろう、今の立ち位置のせいで自分自身の記憶、思い出、かつて持っていた熱をなかった事にしている気がするのだ。言ってしまえば、おもしろくて興味深くて重要な本だけど、全く血が通っていない。
 時代は変わり、規模は小さくなり、深夜に30分しかテレビ放映されず、プロレスファンが隠れキリシタンみたいになった現代だって、プロレスは存在するし、生き残っているし、おもしろいし、すばらしいものだと俺は確信している。確信しているファンがいる。
 彼らは現代のファンの心理というものを、見ていない。過去を分析するのは構わないが、もっと血の通った、今のプロレス・ノンフィクションも書いてくれないかなぁと思う。二人が力量のある作家だからこそ、それを願う。*1

U.W.F.戦史

U.W.F.戦史

*1:『U.W.F.戦史』はまだ第一部だから、これで判断するのはアンフェアかもしれないが。そういえば、柳澤氏の次の作品は木村政彦と聞いた。これは是非とも読んでみたい。