不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

「最強」と「最狂」と「最凶」


 ダークナイト鑑賞。監督、原案、脚本はクリストファー・ノーラン。出演、クリスチャン・ベイルマイケル・ケインヒース・レジャーマギー・ギレンホールゲイリー・オールドマンモーガン・フリーマンエリック・ロバーツアーロン・エッカート
 まずアクション映画として凄いレベルのおもしろさだった。中弛み一切なし。
 1989年に『バットマン』を監督したティム・バートンが描いたものは、バートンならではの異形への愛とファンタジーの世界だった。しかし本作でノーランは、この世界のどこかにあるゴッサム・シティを描いた。そして、その都市はアメリカという国を想像させる。
 『ノーカントリー』をはじめ、絶対的な悪を描く事が増えている現在のアメリカ。それは決して一部の人間だけの意識ではなく、アメリカ国民の意識なのかもしれない。ただ単純に「おもしろいから」だけで『ダークナイト』がヒットする事はないだろう。
 絶対的な悪、相対的な正義、曖昧な愛。
 いくつもの線が複雑に絡み合い、それらすべては「正義と悪」=「光と影」=「表と裏」という一つのテーマで次々と回収されていく。“Dark Knight”と“White Knight”、「バットマン」の存在、“2つの顔”トゥーフェイス、まっ白な顔をしたピエロ、コイントス、旧ビルマでの逸話……。暗喩、伏線がいたる所に存在している。
 我々がうっすらと感じている「光と影」の存在を、一つの物語として、また完璧な映像として表現しきっている事に、本当に驚いた。
 誰もが絶賛しているので、確かに予告では凄かったけどどうかなぁ、なんてあまのじゃくに考えていたが、いや、本当にすごかったジョーカー役のヒース・レジャー
 まずそのキャラクター。全然強くない。簡単に殴られ、蹴飛ばされ、吹っ飛ばされる。物理的な武器はナイフだけ。だからこそ、ジョーカーの狂気がはっきりとわかる。ちんけなワルが、バットマンの出現によって、狂喜し、狂気を爆発させる。女をレイプするわけでも、金を手に入れるわけでも、権力を掌握するわけでもない。ただひたすらに混乱を求め、悲鳴を求め、悪を追い求める。レクター博士もダースベイダーもなしえなかった悪が、ここにある。
 ヒース・レジャーは、ジャック・ニコルソンのジョーカーをどう越えるか模索した。4ヶ月間「ジョーカーの日記」を書いていたそうだ。文章化する事によりイメージを具現化させ、試行錯誤を繰り返した。同時期、婚約者との別れなどプライベートでも苦悩が続いていた。結果、スクリーンにおいては、凄まじいジョーカーが生まれたものの、不眠症に陥り、薬を飲みまくり、オーバードーズによる死へと突き進んでしまった。俳優としては本望なのかどうかはわからない。はっきりしているのは、これが名演だった事だけ。
 152分間、濃厚、最高、至高。
 純粋な悪、それが故の淋しさと切なさ。All and Nothing.
 言葉がうわっすべりしてしまうほど、完璧な映画だった。もう一度見に行こう。