角田光代『八日目の蝉』読了。個人的には、角田作品で一番良かった。
赤ん坊誘拐事件である。だから長篇サスペンスと謳われているのだろうが、これはサスペンスではない。家族の物語だ。1章は犯人の視点で、様々な思いを抱きながら、何とか逃れようとする描写に飲み込まれる。2章は、1章の説明もあり、やや勢いが削がれるが、終盤の展開は心に響くものがある。
逃げて、逃げて、逃げのびたら、私はあなたの母になれるだろうか――
帯の文は、物語を読み進んでいくにつれ、重く胸に圧し掛かる。ドンドン深くなる嘘の子供への愛情、あまりにも一途な犯人の思い。「捕まるな」。何度そう思っただろう。
もう一つの物語。それは、「自分」が「自分である」事を受け入れるにはどうしたらいいのか。「自分」は何故「自分」なのか。何故「自分でなければいけないのか」。古今東西の文学を含む芸術作品で問われ続けた問いの、「家族」から見た回答としての物語である。
人と人の関係は、ギリギリの信頼感から出来上がっている。それは血なのかもしれないし、時間かもしれないし、空間かもしれない。とにもかくにも、不完全で愚かで、小さな人間の集まりが家族なのだ。誘拐事件を、単純に加害者・被害者にもしないし、「家族」を安易に語らない。
「こんなはずではなかった」と思う場所から、一歩も踏み出せなかった私たち。好きや嫌いではなく、私たちがどうしようもなく家族であったことに、私は今気づく。
自分の存在を自問自答する「薫」は不憫で逞しい。そして、ついに“そこ”に辿り着いた瞬間、解放されたのと同時に何故か涙を誘う哀しさを宿していた。
ここではない場所に私を連れ出せるのは私だけ。
光が溢れているラストシーン。先に見えるのは希望だ。なのに、
「どうか、どうか彼女達が幸せになりますように」
そう強く祈らずには入られなかった。
- 作者: 角田光代
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- 発売日: 2007/03
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