不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

わたしは、ダニエル・ブレイク/名前を呼んでくれ


 俺はパソコンどころかマウスの使い方もわからなくて、あんたたちがいなかったら何にもできないんだけど、代わりに工具箱を使ってあんたらが直せないものを直せるんだよ。困った事があったら言ってくれ……。その相互協力は言い換えれば支え合いであり、それは自分を数値化するポイント制ではぎ取られてしまった個性を認める事にほかならず、つまりそれは尊厳と呼ばれるものなのだろう。そして人を数値化して対応するシステムは、言うまでもなく尊厳を奪っているのである。万引きしてしまう事よりも、フードバンクでの彼女の不意の行動にこそ胸詰まる。
 ケン・ローチの面目躍如たる国家のシステムへの静かな怒りに満ちた一撃。余計なものを削いだ引き算の脚本と演出でストーリーラインを明確にし、時に失望や悲哀を笑いに転化しながら共感と理解を作り、あの瞬間へとつなげる手腕は見事。システムとそこに無意識に組み込まれた人々の冷淡さと、顔を見て挨拶したり話したりする人達の暖かさの対比、それによって「I, Daniel Blake」の一言が響く。少なくとも彼は不幸ではなかった、と思いたい。彼には友達がいたのだから。
 主人公ダニエルを演じたデイブ・ジョーンズは、私はたぶん初めて見たんだけど、ビートたけし+フリーみたいな顔つきだった。彼をはじめとして、登場人物たちの造形、輪郭の取り方が抜群だった。個人的には素直によかったと思える久し振りのケン・ローチ作品だったが、一方で「ユナイトしよう」という力強さのもっと手前にある、「支え合おう」を言わなければならないローチが抱える社会への切迫も感じ取った。
 それにしても本作に限らず、世界的に反緊縮財政の声が大きくなっていると思うのだが、何故か日本のリベラル左派はそれに逆行しているように見える(リベラル左派という括りが違うのかもしれんけど)。その理由はいまだによくわからない。