不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

俺をやる、静けさをくれ/完全なるチェックメイト


 ボビー・フィッシャーの評伝は読んでいたので*1、彼の奇人変人エピソードは確認作業でしかなく、求めるのはチェスを喰らうというより、チェスに喰いつかれた選ばれし者たちの姿であるから、望み通りのものが見られたと言ってよいだろう。
 自由なアメリカでパラノイアに襲われるフィッシャーを冷ややかに見る、監視社会ソ連の英雄スパスキーもまたパラノイアに襲われている事がじょじょにわかってきて、チェスの残骸二匹の頂上決戦においてスパスキーが起こしたある行動を見飽きたように見つめるフィッシャーという構図は、奇しくもスパスキーの「自殺の準備を整えた方が主導権を握る」という言葉そのものだった。だから、フィッシャーが勝利をおさめてもこの先の事を思い戸惑いしか見せないのは当然で、たとえば羽生善治が勝利した後も苦悩しているように見える姿とダブるものがあった。そういえば、棋士は変人が多いと聞くが、彼らもフィッシャーと同じと言えるのかもしれない。
 個人/国家の背景と繋がりをクールに、しかし手加減抜きで淡々と進めていくスティーヴン・ナイトの脚本はさすがであったが、ならば演出ももっと冷やかにした方が効果的だったのではと思う。一方、キャストはみな好演。アメリカン・パラノイアを体現したトビー・マグワイアはベスト演技だし、リーヴ・シュレイバーは鉄の意志がぶれて解けていく様を見事に演じていて、中でもチェスに半身ではなく腕一本くらい喰いつかれて終わったが故にフィッシャーを見守る事ができる神父を演じたピーター・サースガードの色気が凄まじかった。エロいとさえ言える。