ゲーリー・L・スチュワート/スーザン・ムスタファ『殺人鬼ゾディアック――犯罪史上最悪の猟奇事件、その隠された真実』(亜紀書房、高月園子訳)。捨て子だった自分の本当の父の姿を追い、ようやく辿り着いたら殺人鬼だったという、「事実は小説より奇なり」そのものといってよいノンフィクション。
そもそもの両親の生い立ち、馴れ初めからして結構な出来事・事件の連続で、父の異常性が殺人へと転化していくのも頷けるものがある。また事件以外の要素も結構入り組んだ話になっていて、たとえばこの事件の端っこの糸が黒人公民権運動(の後ではあるが)にまで繋がるとは思わなかった。
肝心の「父がゾディアックである」という証拠は、「手配書の顔と写真が似ている」から始まって結構存在しており、何よりあの暗号読解が決定的証拠といってもよい気がする。ついに暗号が解き明かされたわけだが、しかし答えからの逆算なのだから、ある意味でゾディアックの作った暗号は誰にも解く事はできなかったと言ってよいだろう。その点ではゾディアックの勝利なのかもしれない。
ところで著者は単なる会社員で、物を書くのは素人。ネタ本になっているのは自身の日記という事もあってか、全体的にもったりした文章と構図になっていて、事実のわりには衝撃が薄くなってしまっており勿体無い。もうちょい構造や文章を工夫してスリリングさを出してほしかった。
何より本書の最大の長所にして短所は「捨て子である自分の実父がゾディアックだった」という事実こそが隠しておくべきサプライズであり、読んでいくにつれ判明してほしかった、という事だ。もう「父がゾディアック」だという事は読む前からわかっている(帯文に書かれてしまっている)ため、謎解き要素が一切ない。もちろん、それでも暗号解読シーンなんかは驚きがあったけれど……。しかし、ではそれを隠しておけるのかといえば無理だろう。単なる謎解き本扱いでは、目を引かないのだから。まぁ、その辺は仕方ないのだろうな。事実の提示だけでもおもしろいわけだし。
そういえば、デヴィッド・フィンチャー監督の『ゾディアック』の感想を書いたなと検索してみたら、8年も前だからか、勢いのままの自分の文章が何だか恥ずかしくなってしまった。それはともかく、感想の最後の件は、本書を読んだ、はたまた『絶歌』騒動などを経て読んでみると、あながち間違った事は言ってなかったな。
強く思ったのは、こういった“カリスマ殺人鬼”は、その犯人が本当にカリスマ性があるのではなく、メディアであり、大衆が作り上げたものなのだ。酒鬼薔薇聖斗の例を見てもわかる通り、現在でもそれは続いている。
間違えるな、犯人は、単なる自己肥大クソ野郎に過ぎない。
殺人鬼ゾディアック――犯罪史上最悪の猟奇事件、その隠された真実 (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ II-3)
- 作者: ゲーリー・L・スチュワート,スーザン・ムスタファ,高月園子
- 出版社/メーカー: 亜紀書房
- 発売日: 2015/08/26
- メディア: 単行本
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