不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

活字のあっち側とこっち側

 ローラン・ビネ『HHhH(プラハ、1942年)』(東京創元社高橋啓訳)。タイトルはHimmlers Hirn hei't Heydrich(ヒムラーの頭脳はハイドリッヒと呼ばれる)の略であり、本筋は「ハイドリヒ暗殺へ向かう二人の青年」を描く歴史小説である。だが、それは一面に過ぎず、一方では「現在の若き作家が『ハイドリヒ暗殺へ向かう二人の青年』の歴史小説を執筆する」苦悩の物語である。長短を混ぜながら、現実と虚構、現在と過去、history(歴史)とhis-story(彼が語るもの)、書き手の苦悩と冷酷な時間、彼が書く活字を超えた先の彼らたち――が混濁していく。そしてまた「書かれてなかった(語られなかった)者たち」への視線も感じさせる。ノンフィクションでありながら、しかしここにあるのは紛れもない二つの小説だ。

ガブチークとクビシュは、カミュが描き出した心優しいテロリストほど細心ではないが、それは彼らの存在が、紙上で行をなす単純な黒い活字の向こう側、もしくはその手前に位置しているからだ。

 小説にまだこういう手法があったのかと、目からウロコ。正直に言えば、手法を楽しみすぎて、肝心の中身をキチンと味わい切れていない気がするほど。噂に違わず、なるほど、すごい作品だった。

HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)

HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)