不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

積まれたゴミに映った時代

 橋本治『巡礼』(新潮文庫を読んだ。ほうほうゴミ屋敷の話ですか、どれどれ、と軽い気持ちで読み始めたのだが、読み進むにつれて引きこまれ、最後は圧倒された。個人史である同時に、小文字で書かれた日本史だ。華々しい歴史の表舞台ではなく、裏側にある生活を舞台にしていて、まぎれもなくここにあるのは戦後日本そのものである。
 ゴミ屋敷に住んでいる変人がなぜそうなってしまったのかを明らかにするわけだが、それは単純な理由ではない。決してワイドショー的な一言コメントで説明できるわけがなく、あれは彼の生い立ち、歩みからの結果としての現在の姿なのである。「あんな変人ッ!」と軽蔑するような他者であっても、確固たる一人の人間で、一つの人生があるという当たり前だが忘れがちな事実がある。大きな決断、小さな偶然、時に選び、時に選択肢が一つしかない時もあった。そういった様々な要素の積み重ねのとても微妙なバランスで我々の現在はできている。流れ流され、選び選ばれ、気づいたら今のところにいる、というような現代人なら、自分の事のように読めるのではないか。
 そして久方振りの弟との邂逅、始まる四国への巡礼、そして一つの救い。再度の天ぷらのやり取りは、あんな簡素なものなのに、胸震えるものがあった。
 私小説とは程遠い、近代文学の一つの極致と言えるかも、というのは言い過ぎかな。

巡礼 (新潮文庫)

巡礼 (新潮文庫)