不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

休日派日常/非日常日記

 起きたら12時過ぎていて。たしか寝たのが10時なので14時間寝たわけか……と思っていたらまた寝ていて、次に起きたのが14時。16時間睡眠。寝すぎたが、軽い頭痛こそしているものの熟睡だ。今月は仕事量としてはそれほどじゃないけど、たぶん精神的な疲れが溜まっていたのだろう。あと、昨夜の姉との電話で気が緩んだか。
 軽く食べようと、地元のカフェに行ってマフィン、サラダ、コーヒー。いつ行ってもうまい。何も考えず、とりあえず新宿に出て、駅から一番近い武蔵野館を覘く。『トゥルー・グリット』をやっていたので、それを見ようと思ったら、うっかりしていたが今日が初日でかなり混んでいた。仕方なく19時の回のチケットを買う。
 街は、もっと閑散としているかと思ったら意外と人が多かった。この一週間、みなさん自粛していたけど、さすがに出てきたのかな。あったかいし。俺はというと、あの3月11日を超えても、すぐに修羅場に入ったのでずっと非日常が続いていて、今日ようやく終わって日常に戻ったはずだけど、そこは当然3月11日以前の日常ではない。たしかに人はいるけれど、人々の気持ちはこれまでと違うし、店の佇まいも違う(照明云々といった事ではなく)。だから、今日一日ずっと俺の立っている場所はふわふわしていた。
 個人的には、街の灯りが減ったのはうれしい。これまでが明るすぎた。「いらないものが多すぎる」とブルーハーツは歌った。それはそれとして、節電というレベルではなく、エネルギーの抜本的な見直しをしなきゃいけないだろうね。今回の件で東電の組織体制やら運営の杜撰さを批判するのはよくわかるが(俺もしてるし)、安易に原発批判、反対はできないと思う。たしかにこんなもんを作りまくっていたのかと思うと恐ろしいけれど、じゃあ電力をどうしようというところまで踏み込まないと。「火力発電で補える!」というTwitterの呟きを見たけれど、そもそも石油がない、資源がないのが日本だ。買えばいいが、それは外交の話になり、そうなれば必然的に政治や、果ては憲法の話に繋がっていく。
 原発の件は異論反論あるだろうし、それ以外にも考えなきゃいけない事は山とあり、また行動しなきゃいけない事はさらにあろう。そんな中で、いまもっとも必要なのは思考停止に陥らない事だと思う。先が長いとか、難しいとか、自分の所からは遠いとか思っても、それは全部繋がっている事なのだから(それはこの地震で痛烈に感じた)、エネルギー、ライフライン、メディア、政治、それこそ企業形態、生活スタイルも含めて、一を考えるために、全体を見て、全体を変えるために、一を変えていかないといけない。もう、3月11日以前には戻れないのだ。新しい「日常」のために、後ろを振り返りつつ、前に進む。思考し、想像し、行動していくしかない。
 などと、連休で実家に帰るkjと話していたら、あっという間に時間が過ぎたので、別れて映画を見に行く。最終回だったが満席。感想は後日書くが、悪くないけど、よくもない映画だった。
 映画館を出ると、昼と打って変わって人がいなかった。夜だから節電で灯りが少ないのもはっきりわかる。地元は想像以上の暗さで、ちょっと驚いた。でも、これも悪くないよ。コンビニに寄るが、まだトイレットペーパーがない。あと1ロールなのだがもつだろうか。ティッシュは置いてあった。あと牛乳もない。いつも飲んでるのに、困る。まぁそのうち何とかなるだろ。
 帰宅。風呂に入って、上記のようなことをつらつら思い、書こうかどうか迷いつつ、勢いで書いてしまう。