不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

元ボクサー

 高橋秀実『からくり民主主義』を読んだ。すこぶるおもしろい。いつも取材に出遅れる著者だが、出遅れるからこそ深くなる。いろんな知識を詰め込み、しかしあくまで知識は道具であり、直接見て、聞いて、話して、感じた事を書く。
 断言をしないので、「で、あなたはどうなの? どう考えて、どうしたいの?」と思う人もいるかもしれない。現状維持では何も動かないのでは、と。しかし、著者は現状維持をしているようには読めなかった。混濁した「困った」現実のぬかるみに入っていかなければ、向こう岸には着かない。マスメディアは一方的にしか伝えない事があり、また我々だって一方的に思いこんでしまう事はしばしばある。重要なのは、混濁している事の自覚だ。大体、「事実を伝える」だけでも、相当な意味があるわけだし。
 ただ、著者(と我々読者)が現状把握で停まってしまっているのは確かだ。どん詰まり、行き詰まり。それについて解説で村上春樹はこう書く。

 でも、僕は確信しているのだけれど、そういう混濁を突き抜けないことには見えてこない情景というものがある。その情景が見えてくるまでには時間がかかるし、見えてきたその情景を短い言葉で端的に読者に伝えることはとてもむずかしい。しかしその段階を通過しないことには、いささかなりとも価値のある文章は生まれてこないはずだ。なぜなら物書きの役目は(それがフィクションであれ、ノンフィクションであれ原則的に)単一の結論を伝えることではなく、情景の総体を伝えることにあるのだから。
(解説「僕らが生きている困った世界」)

 ますはここからって事だな。

からくり民主主義 (新潮文庫)

からくり民主主義 (新潮文庫)