不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

ムーンライト/光の手触り


 冒頭、ぐるりと回ったカメラが写した閉ざされた憂鬱と失望の世界で、寄る辺なき者が生き抜くために身につけた術や鎧は、本来はマチズモの象徴にもかかわらず、それを身に纏うシャロンの空げな気配はあの暗い部屋で埋まっていた時の彼と同じもので、そこにホッとすると同時にとても切なかった。話そのものは単純だし、決して手放しには褒められないんだけど、何故かやたらと心に残るものがある。特に白い光をとらえた撮影が。少なくとも2010年代のオスカー受賞作で、2000年に入ってからでも『ノーカントリー』に次ぐくらい好きだ。 
 白眉はやはり過去からの電話での狼狽、そしてダイナーでの邂逅であろう。ここに俺が(おまえが)いる事を確かめながら食べ、話し、目を合わせる瞬間は夢と現、未来と現在を繋いで先にいるはずの自分たちに託すようでいて、しかしその未来の手触りを信じられないお互いの姿だけが信じられるものだった。「飲めないから、味わわない」という一言は、彼の人生そのものなのかもしれず、「大切とは、いつかいなくなることへの不安を忘れるほどの強い思い」(by いしいひさいち)だとするなら、、あの瞬間は間違いなくシャロンは大切な中にいたのだ。
 一緒にドアから出ようとあなたに差し出した手、あなたのために作られた料理、あなたの頭を包んだ腕、初めての海、初めての夜、あなたを思い出した曲、あなたのために……触れられる誰かと触れてくれる誰か、その一つひとつの手ざわりこそが救いであって、それを光と闇で美しく映し取って、誰かへの祈りのようだった。