不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

続・そこは人の世界ではない

 アナトリ・ブクレーエフ/G・ウェスト・デウォルト『デス・ゾーン8848M―エヴェレスト大量遭難の真実』(角川書店鈴木主税訳)。ジョン・クラカワー『空へ』*1がロブ・ホール側の視点だとしたら、本書はスコット・フィッシャー側からの視点で、映画に続けて二冊読んだので事故が立体的に見えてきた。
 フィッシャー隊ガイドのブクレーエフの一人語りを軸にした、デウォルトによるノンフィクション。登山中(事故)の話はもちろんの事、ブクレーエフとその周辺が事前準備(観客募集、資金集め、酸素ボンベなど装備揃えなどなど)に東奔西走する模様も興味深い。エベレスト登山が如何に娯楽となり、また消費文化に組み込まれてしまったのかがよくわかる。そんな西欧の文化状況に、ソ連人のブクレーエフが戸惑った様子から当時のソビエトの様子がうかがい知れるのもおもしろかった。
 本書は事故のノンフィクションであると同時に、ジョン・クラカワーへの反論でもある。たしかに『空へ』を読むとブクレーエフはガイド失格としか思えない無責任な男として描かれているが、ブクレーエフ本人の弁だけでなく周辺関係者の口からも「それは違う」と反論が出ている。むしろ、身体を張って助けに行った英雄的行為すらあったという。この件はクラカワーにも伝えているのに、何故か雑誌記事から書籍にする段階でも反映されなかった。クラカワーが再反論しているのなら知りたいが。
 まぁなんにせよ、どんな物事も一方からでは全てが見られないものなのだ。特にこんな人が住む世界ではない場所で起こった出来事は。「いつも事実が真実語ってるとは限らないんだよな」(from『探偵物語』)を忘れないようにしなければならない。ま、二冊立て続けに読んだので、しばらくはこの事故の関連本はいいかな。

デス・ゾーン8848M―エヴェレスト大量遭難の真実

デス・ゾーン8848M―エヴェレスト大量遭難の真実