不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

「鉄の女」の影響

 清水知子『文化と暴力 揺曳するユニオンジャック』(月曜社。たとえばブレンディみかこ氏の本を読んだり、またイギリスの映画を見たりすれば、サッチャーの名前をよく目にする。それも悪いものとして。何となく理解したつもりでいたのだが、ちゃんとサッチャー及びサッチャリズムについての本を読んだわけではなかったので、とりあえず文化の面から分析している本書を読んでみた。
 自由と多様性への疑義、リベラル(保守も)が持つ課題。いまの日本の社会状況や政権運命などがそっくりだなと思った。ヴィヴィアン・ウェストウッドの(本質的な)パンク精神、ブッカー賞作家から見るリベラルデモクラシーなど、どれもこれも興味深い内容だった。中でもラシュディ事件は知らなかったので、結構驚いた。シャルリー・エブド事件が起きた時に言及している人っていたっけ。
 昔から言われているように「一匹と九十九匹と」の、九十九匹を救うのが政治なら、一匹を救うのが文化(宗教)であり、そこから見れば文化が政治を批判するのは当然と言える。本書に登場する文化の作り手担い手たちも、また文化自身もサッチャリズムに対抗するものばかりであった。
 とはいえ、当時どん底にあった英国を救い上げたのもサッチャー(的なる存在)であったのも事実なのだ。だから、本書のテーマから外れるからここには書かれていなかったけど、現在サッチャー/保守党に対して批判的な人間たちが、彼女の功罪の「功」の部分をどう見て、評価し、判断しているのかが気になる。あのままのイギリスでよかったとは言わないはずだろう。まぁそれは別の本で確かめてみよう。どの本を読めばいいかわからんが、ぼちぼちと。
 英国のリベラルも保守も、いまだサッチャリズムの先を見出していない事を考えると、世界全体もこの先は結構な暗闇のように思う。だが、うだうだ言っていても先に行くしかなく、考えと行動をし続けなければいけない。それだけは確かなのだ。

文化と暴力―揺曵するユニオンジャック

文化と暴力―揺曵するユニオンジャック