不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

バーボンを垂らしたコーヒーを

 ローレンス・ブロック『暗闇にひと突き』を読んだ。『八百万の死にざま』*1の一作前、マット・スカダーがまだ酔いどれ探偵の頃の話。迷宮入りをしていたアイスピック連続婦女刺殺事件の犯人は、ある一人の女性だけは殺していないと殺人を否定していた。スカダーはその女性の父親に捜査を依頼され、9年前の事件の再捜査という難儀なものを、じっくりと始める。
 事件の解決はあくまでおまけに過ぎない。犯人探しとは違った意味で事件に過剰にのめりこみ、酒を飲むスカダー。過去を探るという行為が、自らの内面を見つめ直す事になる。ニューヨークの町並み、そこに住む人々、過去を忘れて生きる人、過去にこだわり生きる人、もういない人。人間は忘れる生き物だし、忘れられない生き物でもある。時間だけが解決する? どうかな。時間は解決ではなく、変化させるだけかもしれない。
 酒を飲み、町を歩く。事件の過程で一人のアル中女性との出会い、それを機に自らの過去と向き合うスカダー。自分のトラウマさえも掘り返す。そして『八百万の死にざま』へ繋がっていく。
 別れた妻と電話で話す。そこで語られる老犬の死。14年という老犬の時間が、彼ら夫婦の生きた時間と存在となる。ここが名人芸とも言えるシーンだった。