不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

休日派アメリカン・ポップ日記

 昨夜遅かったせいか、10時すぎに起きる。眠気覚ましにカフェラテを淹れて飲む。少し前から手挽きミルで豆を挽いているのだが、面倒だけど味がうまくなっている気がする。雨なので洗濯もできず、少しぼんやりしてから着替えて、図書館往復で外の様子を見る。
 改めて外出。マクドナルドで軽く昼飯を食べてから地下鉄を乗り継いで乃木坂駅まで。国立新美術館アメリカン・ポップ・アート展」。アート、特に現代アートは基本的におもしろい又はかっこよいかだけを判断している。よう理解しきれないんで。ただ、ウォーホルだけは前々から特別に好きで、今回もウォーホル目当てで来た。メイン的な扱いで、でかいサイズの作品が見られたのは嬉しく、楽しかった。三次元を二次元に、モチーフの反復、無機と有機の混濁――大量生産大量消費や、どこか虚無的なところがアメリカの本質って事でええのかな。しかし、アメリカだけでなく日本含めて世界中に大量生産大量消費などが広がった昨今は、どんなアートになるのだろう。というか、いまだに彼らのアートが通じてしまっているんだなぁ。
 会場出口の所に、ウォーホル作品のように、実際にキャンベルスープ缶200個並べたものがあった。それは写真撮ってもいいのだが、作品にならって実際に並べちゃうのも、そこで喜々として一緒に写真撮るのも、ちょいと違うんでないかねぇ。作品に込められたアイロニーはどこいっちゃったのよ、と。その光景すらも、「ポップ・アート」に見えるんだから皮肉だな。
 美術館に併設されたカフェで一休みしてから、乃木坂駅から下北沢に出てコーヒー豆を購入。もうアイスコーヒーは仕込まないだろうから、ホットで飲む用に豆を考える。焙煎してもらっている間に古本屋を二軒見て回るも何も買わず。豆を受け取って、再び移動。中野へ。
 今夜は、少し早い俺の誕生祝いである。有難し。どっか行きたい店はないかと聞かれ、よしながふみの『愛がなくても、喰ってゆけます。』に登場したイタリアンを選んだのだ。8年も前の漫画で、しばらく読んでいなかったから、「そういや読んだ時に行きたいと思ったんだよな」くらいしか覚えておらず、何がどううまかったのかなどのコメントはあまり覚えていないわけだが。
 というわけで、思うがままに注文をした。うーん、いやはや、うまいなここ。量がガッツリ多いし、味もしっかりしていて、そのうえオバちゃんが愛嬌あっていい。「うにのスパゲッティ、オススメですよ」「へー」「うにがすごい量だから、驚きますよ」「ほほう……」「本当。絶対に私が勝つに決まっているから」。注文。来た。完敗。こりゃすごい。そしてうまい。それより前に来た魚介類のサラダも絶品。ソースがうまい。デザートもたっぷりでうまくて、喰いすぎてしまった。ご馳走さまでした。
 ほくほくしながら帰宅。あとは音楽聞いたり、本を読んだりしながらだらだら過ごす。いい一日であった。