出す側はこういう事態になる事を想定していなかったであろうし、私も買って読み始めた時にこれほど現在にフィットしようとは思っていなかった、奇しくもベストタイミングの文庫化になってしまった読み応え十分な一冊。ナチス・ドイツ周辺と、共産国家ソ連の人物を中心とした過去の話だが、エミール・クストリッツァのロシアの陸軍劇場ディレクター就任(これは誤報というのも見かけたが結局どうなったのだろう)、ヴァレリー・ゲルギエフのミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団指揮者解任、明石フィルハーモニーのチャイコフスキー「1812年」演奏中止といった現在の話題に間違いなく繋がっている、極限状況の音楽家の選択と決断の物語。外から見ると内なる思いは違う、人生の困難さよ。日本人はいないのかなと思ったら、『週刊金曜日』連載時は美空ひばりを取り上げたが若干他とニュアンスが違うのでカットしたそうな。まぁ確かに場違いになるので英断と言える。
これはクラシック音楽だけの苦悩と葛藤だろうか。セックス・ピストルズやザ・ジャムなどのパンク、プッシー・ライオット、はたまたジョニー・キャッシュなどを取り上げれば、ミュージシャンと国家の対峙は語る事ができそうだが、国家と密接に関連しているわけではないから、やはりクラシックならではの一冊だったのかもしれない。それにしても、パブロ・カザルス、とても好きだけど78歳の時に18歳と結婚したのね、還暦の時に生まれた孫やんけ、ちょっと引いた。