不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

たいした人生を歩んでいない

 私は平々凡々でとりたてておもしろみのない人生を歩んでいる。他人の過去のやらかした話や冒険譚を聞くたびに、自分にはこういう話がないと思う。改めて私の身に過去に起きた事を他人に話すとそれなりにドラマチックなところもあるようだが、だが話すほとんどは私自身ではなく私の周辺で起きた事ばかりだ、父が倒産したり、母が早くに亡くなったり、姉夫婦がイタリアに行ったり、カミさんが病気になったり。むろん私自身の経験だってあるけれど、それを私とは思えない。自分の人生の主役は自分だとは使い古された言い回しでそれはその通りなのだろうが、私は私の人生ですら自分が主役ではなく脇役なのではないかと感じる時がある。カミさんは人にはそれぞれ小人がいると言う、要するに漫画などで見る小さな天使と悪魔みたいなもので、自我に囁きかける己の客観性の事を指しているのだが、その小人が「龍さんは等身大なんだよね」と分析した事があった。客観性が強いらしい、自分が他人に見えているのかもしれない、分裂症みたいだが別にそういうわけではない、主観と客観がごっちゃになっているので、自分が自分に見えないけれど、だがそれはまぎれもなく自分でしかない、自分を見る自分という傍観者の気持ち。