不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

私が聞いているはずの音

 仕事でICレコーダーを使い、その音声データをPCに移す際に一つ前に見知らぬデータがある事に気づいた。なんだっけと記憶を探ってみたら、十日ほど前にICレコーダーを鞄に入れておいたら何かの拍子で録音ボタンが押されたらしく動いていた事があった、それだ。いらないデータなので消そうと思ったが、ふと録音時間を見たら五時間とあって驚いた。確かに電池の残量がえらく減っていたけれど、そんな長時間動いていたとは。その五時間の音と声、どんなものかとちょっと聞いてみた。発見したのが確か午後二時くらいだったから逆算すれば最初は家だと思ったら正解で、ガサガサと音がしてからカミさんとの会話が聞こえてきた。

(ガサガサガサ、ドスドスドス、階段を降りる音)「お茶ある?」「淹れてあるよ」(トポトポトポトポ、水筒に入れる音)「はい、(蓋を)ギュっとして」「そんなに回らんやろ」(ガサガサカンカン、水筒を鞄に入れる音)「雨降るのかな」「夜までは大丈夫じゃない」「この靴だと水が染みるんだよね」「じゃあこっちにしたら」「んー、まぁこっちでいいや」「ニャー」「はいはい、ニャー」「行ってきます」「行ってらっしゃい」

 その後、駅まで歩いている最中のカバン内で擦れる際のガサガサ音。ホームや電車内アナウンスなどはあまり聞こえなかった。会社に着いてからは、同僚との会話、キーボードを叩く音(これが意外とでかくて荒い)、電話での話し声などが聞こえてきた。鞄の中に無造作に入れておいただけで、さすがにはっきりとは聞こえないものの、だいたいの会話は聞き取れる。隠し録りができるな、そういえば前の会社を辞める時に揉めて、話し合いをする時はだいたいiPhoneの録音アプリをこっそり起動させていた、後で聞き直したらばっちり録音されていた。いつ誰に録音されているかわからんというのも怖い話だ。そんな事はあまりないと思いたい。

 そういった世知辛い事とは別に、ここにある音というのは俺もほとんど聞いていたはずで、もちろんボリュームとして本来は聞こえない音も録音されているだろうが、そうだとしても、思いのほか世界というのはやかましいし、同時に静かなものなんだなと知った。本当の無音の空間では耳が痛くなるという、行った事がないので体験していないが、いまは耳は痛くない、世界に適度なノイズ、時々音楽、生きていれば音がある、それを聞いている、はず、聞こえていなくとも。