不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

TENET テネット/昨日、明日のお前に会う

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 立川シネマシティでの鑑賞で、極上爆音上映と銘打たれていたわけではないが、音響がえらくよくてスタートの銃撃音、爆発音からこちらにビシビシと響いてくるのが心地よく、劇伴はメッチャうるさかったが、まぁそれだけでも見た甲斐がある気すらしたわけだが、見る前にふと思い出したのは『バーナード嬢曰く。』で神林嬢が、グレッグ・イーガンは難解なSFを書くけれど自分が書いている内容を理解しきっているわけではない(のではないか)と言っていた事で、もしかしたら実はクリストファー・ノーランもそうなのではないかと頭に入れながらの鑑賞だったせいか、細かいところは置いておくトンデモSFとして楽しめたといえば楽しめた。

 思い返すとわりとどうでもいいというか、印象に残るものが少ないというか。率直に言って映像はおもしろいけど映画としては退屈スレスレだったわけで、アイデア勝負なのはいいけれどもう少し脚本を練ってくれとまずは言っておきたい。会話もそうだし、個人の行動のキッカケが安易すぎてうんざりする事多々あり。順行逆行アクションは見応えあるが肝心のカーアクションはつまらなくて、特にクライマックスがあんな感じなのは絶対にいただけない、やる気あんのか。時系列はそれほど複雑ではなくちょっと整理すれば理解できる程度で、細かく考察しようと思ってもタイムパラドクスの事は考えない事にしているのならあっさり風味であろう。

 「起こってしまったものは仕方がない」という開き直りにも似たセリフが何度も出てくるけれど、結局事は起こるべくして起こるといった決定論・運命論であって、それにいささか反感をもってしまう程度に自由意志を持ちたいのかな俺はという気づきがあったのは収穫ではある。どちらかといえばそういうものを鼻で笑いたい、必然はなく偶然しかない。その文脈でいえば、ニールの正体がどうのといった仮説が解説記事などで見受けられたが俺はそれには否定的だ、そうであるならもっと描写があるはずだし、そこまで運命的なものにする事はないだろう、彼らの選択はどうなる。見知らぬ誰かであるからこそ、その関係や感情が美しいはずだ。

 総じて言えばロバート・パティンソンのほつれ髪120点、エリザベス・デビッキの首筋200点、彼ら主人公たちの友情に300点、といったところだった。クリストファー・ノーラン作品は、『メメント』のアイデアを具現化する手腕と、『ダークナイト』の前半(ジョーカーが警察から脱出する)までの興奮以上のものはいまのところなく、「俺の作品」に胡座かいてんじゃねぇか疑惑が浮上しつつある。