不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

ギャンギャンギャンブル

 昼頃、会社の隣部署の人から「もし君が黒川さんと親しくて、『麻雀やろう』と誘われたらどうする?」と唐突に聞かれた。「麻雀知りませんよ」「じゃあ酒だったら?」「酒飲まないのでそもそも誘われないかと。××さんだったら?」「俺なら行くけどなぁ」「まぁ酒飲むくらいだったら問題にはならんでしょう。麻雀だって金を賭けなければあるいは」「金賭けない麻雀なんてないよ」「だからといって、いま注目されている検事長は駄目でしょ。相手は新聞記者だし」「そうかなぁ」「建前が崩れちゃったら取り返しきかんですよ」「ふーん」。

 文脈は違えどパチンコと麻雀が注目されたここひと月、俺はどちらも全くやらない。麻雀はゲームとしてはきっとおもしろいのだろうけど、周辺にやる友人がいなかったのもあって知らずにここまで来てしまった。パチンコは、ハマっている方には悪いが、おもしろさが全くわからない、パチスロも。大学時代にものは試しと一、二回はやった事があるが汗水垂らして働いた三時間分のバイト代が五分で消えてバカバカしくなった、だったら映画か本かCDに使う。一度だけ母が親父に付き合ってやって十万円ばかし勝ったけれど、「こんな事は一回しかないもんだ、やらん方がいい」と一万円小遣いをくれながら言っていた。

 賭け事はやらない。金が減るのが嫌だから。勝負勘がないから。ビビりなので大勝負に出られないから。他の事に使いたいから。「ギャンブルをやらんやつは男じゃない」と言われた事がある、だったら「男」でなくていいなと思った。「酒も煙草もギャンブルも女遊びもやらないなんて、何してんの?」とも聞かれた事がある。「それ以外全部のいろいろ様々なもの」と言っておいた。

 最近、「選ぶ」事をよく考えている。選ぶ事は賭ける事とほぼ同義ではないか。選び、祈る、よりよくあってくれと願う。無意識に、選んだとは思わずに選んで、悪い方向に行く事もある、黒川さんがそうだろう。俺もそうして流れてしまった事は多々ある。だけど、突然大きな話になるが、新型コロナ後の世界はより「選ぶ」事が大事になると思う。選ぶ事に自覚的でありたい。