不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

ブックカバー

 本を買った時は文庫でも四六判でも新書でも必ず書店の紙のブックカバーをつけてもらう、ハヤカワポケミスはつけないかも。なんの気なしに今日読み返した『今日の早川さん』2巻で、電車で早川さんの隣に座った人が書店カバーのまま本を読んでいて「身だしなみに気を遣っても、ブックカバーは気にしないんだな」と心で思うひとコマがあった、前に読んだ時も今回も書店カバーは駄目なのか、読書家の多くはちゃんとしたブックカバーを使っているものなのか、と思った。

 買った時にブックカバーをつけてもらって、これから読む本ゾーンに置いて、持ち歩いて読んで、読み終えたら外して本棚に、いまはもう棚に入れる箇所がないから積んである本の上にストンと置く、外したブックカバーは捨てる事が多いが気に入ったものは取っておく、それが一連の読書作業だ。古本の場合はストックしてある書店の、あるいは布のブックカバーをつける、つけない時もたまにある。図書館のはつけない事が多い、図書館本にカバーをつけるのは過剰に感じる。

 大手書店は無難なデザインのものが多いけれど、小さい書店は独自のデザインでよい。先日本を買った下北沢のB&Bはブックカバーがなかったので残念だった、今後買うのを少しためらってしまいそうなほど。いまは東京堂書店によく行くので東京堂のものが多いのだけれど、ここは紙の質もカバーの仕方もピッとしていて気持ちがよい、すべての書店は東京堂書店で一度働いた方がいいのではないか。でも一番好きだったのが、いまはもうない本屋だ、ブックカバーだけでなく本屋としても一番好きだった。跡地が携帯ショップになって数年経つ、気に入った店や場所がなくなって時が経つと、あそこは本当に実在したのかと夢のように感じる時がある。あるけれど手元に残ったブックカバーが本当にあった事を教えてくれる。