不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

原民喜 死と愛と孤独の肖像/繊細で過酷を生き抜いた

 梯久美子原民喜 死と愛と孤独の肖像』(岩波新書。俺にとって名前しか知らなかった作家・詩人の原民喜が、読了後には何故か妙に近しい存在として感じてしまった。原爆投下前後が本書のクライマックスではあるのだが、俺はむしろその後の彼の姿、というよりも彼の姿を描く友人たちの筆に、やたら心振るわされてしまった。文学研究ではなく、徹底した調査で事実を明らかにしていく冷静な筆致(だから原の自死の理由も特には探っていかない、そこに起こった事として扱っている)なのだが、たとえば丸岡明による水上瀧太郎賞授賞式の原の描写は、俺は泣きそうにすらなってしまった。何でだろう、我ながらよくわからない。そしてU子さんの話も。
 正直、新書では勿体ない内容ではないかと思ったが、まぁ特別カバーをつけるほど気合いを入れているからこれはこれでいいか。それにしても原の顔がいい、顔だけでなく書く字もとてもいい、俺は作品を読んでいないのに、本書だけで原を好きになってしまった気がする。原の作品も読まねばな。

 …私は、本書を著すために原の生涯を追う中で、しゃむにに前に進もうとする終戦直後の社会にあって、悲しみのなかにとどまり続け、嘆きを手放さないことを自分に課し続けた原に、純粋さや美しさだけでなく、強靭さを感じるようになっていった。
 現在の世相と安易に重ねることもまた慎むべきであろうが、悲しみを十分に悲しみつくさず、嘆きを置きざりにして前に進むことが、社会にも、個人の精神にも、ある空洞を生んでしまうことに、大きな震災を経て私たちはようやく気づきはじめているように思う。
 個人の発する弱く小さな声が、意外なほ届くこと、そしてそれこそが文学のもつ力であることを、原の作品と人生を通して教わった気がしている。(「あとがき)より)