不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

記憶で生きて、記憶に殺される

 キム・ヨンハ『殺人者の記憶法』(クオン、吉川凪訳)。150ページと薄めでテキスト量は少なく、正直「これで2000円越えか」と思ったけれど、映画の原作本かーと軽い気持ちで読みだしてみたら、これはちょっとすばらしい。今年ベストかもしれん。
 認知症になった殺人鬼、もう本人は殺人をやめて久しいけれど、今度は身の回りで連続殺人が起きて、危険が自分の娘にも迫っている――という物語。だが、ミステリーやサスペンスを期待すると肩透かしを喰らう(読みだしてすぐわかるけれど)。これは記憶と認識の文学だ。ジャンルをあえて言えば散文詩かもしれない。
 歪んだ殺人鬼が認知症になって見ている世界が歪む。その二つの歪みを言葉を忘れた彼が様々な比喩や表現で言葉にしていく。死生観、歴史観、愛情、親子、人間、記憶……生きていく事と忘れていく事への切なさと美しさが満ちていて、装丁の砂時計がそれに拍車をかける。でありながら、韓国の歴史(戦後史)も見えていて、個の物語でありながら国の歩みにもなっているのがすごい(それほど深くはないけれど)。クオンから出ている「新しい韓国の文学シリーズ」、他のも読んでみよう。『アオイガーデン』は買ってあるので、まずはこちらから。
 読み終わってから初めて映画の予告を見たが、確かにこういう話ではあるけど、ずいぶんと趣が違うよ……予告だけだろうか。これはこれでおもしろそうだが。

殺人者の記憶法 (新しい韓国の文学)

殺人者の記憶法 (新しい韓国の文学)