不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

文学は後から追う

 上岡伸雄『テロと文学 9.11後のアメリカと世界』(集英社新書。メインタイトル二つの関係性を語ったものではなく、副題がメインの一冊。アメリカ文学が9.11(とイラク戦争)をどう克服/上書き/後追い/深堀したのかを追っていて、作者本人への取材も含めてなかなかの良書と言える。一読すると、アメリカという国家がいかにセンシティブなのかがよくわかる。だが、確かに9.11は現代のテロとして象徴的な出来事ではあったけれど、果たして《すべての始まりだった》(これは帯文に書かれた言葉だが)と思っているのだとしたら、あまりにナイーブで、牧歌的とすら言える。
 そもそものテーマとは外れているのかもしれないけれど、しかしもうテロが(主にISによって)次のフェーズに移行してしまった現在に「テロと文学」と掲げて本を書くのならば、新たなテロあるいは普遍的なテロリズムに、9.11を通過したアメリカ文学の作品群がどう対峙しているのか(あるいは、していないのか/できないのか)を論じた方がよかったように思う。つまり、それを論ずれば、常に先に事が起こる現実に対して、絶対に後から追うしかない文学(芸術)にとっての「後から新たな物語(虚構)として現実の先を描く」と「平時から芸術というものは有事の備えになっているべき」(by 菊地成孔)という二つの大きな命題への問いかけになるはずなのだから。
 また、事実が数多あるが真実は一つもない現実、事実は一つもないが真実を描ける虚構という点を踏まえると、本書で一番興味深かったのが、イラクへ兵士として赴き、帰還してからそれをテーマにした小説を書いたフィル・クレイだった、というのは些か皮肉な構図な気もする。彼の作品『一時帰還』を読んでみようかな。余談ながら、この「現実と虚構の狭間にあるのが美だ」と言ったのはミヒャエル・ハネケで、彼がああいうスタイルで作品を発表するのも頷けるなと思った。
 最後に、著者はオリバー・ストーンアメリカ(陰謀)史を資料として肯定的に取り上げていたのだが、さて、それはどうなんでしょうね……。

テロと文学 9.11後のアメリカと世界 (集英社新書)

テロと文学 9.11後のアメリカと世界 (集英社新書)