不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

現の前の夢心地/インヒアレント・ヴァイス


 どんな映画かと問われたら、答えに困りそう。空気の抜けたラリルレ感、唐突なジョーク。謎解きというよりは単に事件に巻き込まれたわけで、自分が探しているのが真実なのかどうかもわからず、右往左往しながら前へ進む。
 予告篇では極彩色をふんだんに使っているようなイメージで、さぞかしラリパッパでテンションの高い内容になっているのだろうと思いきや、本編はむしろ逆の淡い色遣いで、ハイテンションハイスピードで駆け抜けるのではなく、ゆっくりとした蛇行運転でふらふら前へ行くような、全く違った印象を受けた。それは舞台となるのが1971年のアメリカであり、直前に迫りつつある狂乱や喧騒を予感していたからなのかもしれない。ちょっとラリッておいた方がこの後の痛みに耐えられるのだろう、という劇中でドックが吸っていたような、笑気麻酔に似ている。
 だからこそ、ここには何の衒いもなくメランコリーとセンチメントとロマンチックが込められており、やかましいほどの音楽が無ければきっとこれらと一緒に静かに沈んでしまうのだろうと感じる寄る辺のなさが、俺にはとても心地よかった。ワンシーンの終わりの間が、普通より少しだけ長くて、それが余韻を作り出していていると同時に、ふっと我に帰る瞬間でもあったのだ。
 役者はみなハマッていて、中でもホアキン・フェニックスはヨレヨレに汚れてくしゃくしゃ頭なのにセクシーという奇跡を体現していて、不意に流れる一粒の涙を見ていると、いま一番美しく泣くのはこの人かもしれないと思った。
 退屈ではあるのだが妙に味のある、変というか不思議な映画だった。好きです。
 本来は映画の前に読むべきだった原作トマス・ピンチョンLAヴァイス』(新潮社、栩木玲子/佐藤良明訳)を見た後で読んだ。ピンチョンは挑戦しても途中で物語を見失って挫折してきたのだが(本書も半分で止まったままだった)、さすがに映画で大筋を把握していたので、見失う事なく読み切れた。
 なるほど、映画は原作に忠実、というよりも的確にアレンジされたのだなと思った。しかしビックフットやラスト、はたまた感傷の込め方などがかなり違っていて、どちらも俺は好きですね。ドックは映画よりもチャラくてチンピラっぽいのだが、このままなら(当初の予定の?)ロバート・ダウニーJr.が演じても合っていたかも。ホアキン・フェニックスポール・トーマス・アンダーソン二人によるアレンジが見事だったとも言える。もう一回映画を見たくなってきた。

LAヴァイス (Thomas Pynchon Complete Collection)

LAヴァイス (Thomas Pynchon Complete Collection)