不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

読んだ三冊

 秦早穗子『影の部分』(リトルモア。『勝手にしやがれ』を買い付け、名づけ親でもある女性の自伝という前情報と、そのポップな装丁から想像していたものとは全く違う、硬派な文体で描かれた「戦う(日本の)女性」の物語だった。自伝的小説とフランスにいた当時の思い出話が交互に展開していく構造だったのも意外。このイメージの乖離はいいのだろうかと思うが、ともあれ、すこぶるおもしろい。文章も構成もかなり荒っぽいから気になるといえば気になるのだが、その行間から溢れる思いが熱っぽく伝わってくる。末尾に《第一部了》とあったが、第二部もあるのだろうか。予想はしていたが、終盤に「舟子」と「私」がじょじょに混濁していく様は映画的で、読んでいて「おおー」と思った。

 チーズの選びかたを初めて伝授してくれたのは、ラマルク通りは、坂の途中のチーズ屋である。ある日、ふらりと入ったのだが、この界隈では有名な店らしかった。天井まで、ありとあらゆるチーズが並べられ、黄金色に光り、その見事さに、呆然とし、目を奪われた。
 何も分からない私に、おかみさんは好みを確かめ、食べごろの品を選び出す。やがて、このチーズ屋が、ジャン・ルノワールご贔屓の店であるのも知るようになる。アメリカから一時、仕事で帰ってくると、彼は必ずチーズ屋に立ち寄って、籠一杯のチーズを買い込んだという。
 ジャン・ルノワールの映画に出てくる食べるシーンにまつわる豊かでしあわせの感覚は、ここにも満ち溢れていた。光と匂いの小さな世界を通じて、理屈抜きで、いや肉体的にジャン・ルノワールの映画の一部分を私は感じとっていた。彼は、カマンベールが、一番好きだったらしい。

影の部分 (真夜中BOOKS)

影の部分 (真夜中BOOKS)

 菊池成孔『服は何故音楽を必要とするのか? ――「ウォーキング・ミュージック」という存在しないジャンルに召還された音楽たちについての考察 』(河出文庫。副題長し。著者のメルマガの日記がおもしろいので(これは書籍化はしなさそう)、勢いで未読の本書を手に取ってみた。いつも通り、菊地氏の面倒くさい書きっぷり(褒めている)の勢いでそれなりに楽しく読んだが、やっぱりというか当然というか、内容は半分も理解できんかった。横文字がやたら多い。わかったのはファッションの沼がかなり深そうだという事だけ。そんな本だが、文庫版あとがきは連載当時とは全く違った力が入っていて、ググッと引き寄せられた。近々格闘技本と「時事ネタ嫌い」という本を出すそうで、そちらは範疇内なのでより楽しみ。 伊藤俊治アメリカンイメージ』(平凡社。様々な写真家が撮ったアメリカの写真から、アメリカという国の本質をあぶり出す論考集。不勉強ながら知らない人が多数いて、彼らの代表作も多数掲載されているのがうれしいし、写真論は結構わかりにくいのが多いが(俺が頭悪いだけかもしれんけど)、本書は客観的な視点から描かれていて文章力もあるから非常におもしろく読めた。読み終えたのに古本で買ってしまったほど。俺はウォーカー・エヴァンス、アンドレ・ケルテス、ロバート・フランクあたりしか知らなかったので、勉強にもなった。著者の他の著作も読んでみたい。いや、たしか『20世紀写真史』(ちくま学芸文庫)を持っていたはずだが……見当たらないな。どこへ行ってしまったのやら。
アメリカンイメージ

アメリカンイメージ