不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

才能と人格

 フランク・ブレイディー『完全なるチェス 天才ボビー・フィッシャーの生涯』(文藝春秋、佐藤耕士訳)。俺は映画『ボビー・フィッシャーを探して』で彼を知った口で、すごい人だったくらいしかわかっていなかったのだが、いやはや、いろんな意味でとんでもないお人である。「才能に惚れ込んだら、人格には惚れるな」という言葉を思い出した。
 これは希代の天才チェスプレイヤーの評伝であり、かつ頭のおかしな男の評伝でもある。前後半でこれほど内容が変わる伝記もあまりなかろうて。なにせ中盤以降はチェスそのものが出てこなくなるのだから。出てくるのは逃避行と各地で起こしたトラブルである。卓越した知性、才能を持ちながら、もとい持っているが故に破滅していく様は、まさに天才の人生そのものである。とはいえ、どこで軌道修正すればよかったのかわからない。むしろ時代が彼をそうさせた、と言ってしまうのは乱暴すぎるだろうか。なんにせよ、天才とは本当に皮肉な存在である。
 取材と資料読み込みをたっぷり行い、読み応え十分。チェスを知らなくてもおもしろく、著者も棋譜(ではなくチェス譜?)を載せずに、素人でも手に取りやすいように配慮したらしい。日本語版の解説は羽生善治なのだが、文章から妙に冷徹な視線を感じて、この人の奥の深さを想像して怖くなった。

完全なるチェス―天才ボビー・フィッシャーの生涯

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ボビー・フィッシャーを探して [DVD]

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 辻惟雄『奇想の系譜』(ちくま学芸文庫。異端ではなく奇想、そう呼びたい絵描きたちを取り上げているのだが、どの絵もカッコよすぎる。彼らに限らず、浮世絵などを見ると、何と大胆不敵で、繊細な絵なのだろうと素人ながらに思う。そしてみんな変人ばっかりだからおもしろい。ボビー・フィッシャーほど破綻はしていないけれど、みんなひと癖ふた癖どころか、ねじまがった連中ばかりだ。だからこそ、こんな作品を世に残せたのかもしれないな。中でも最近見直されている曽我蕭白がエキセントリックでいい。彼の雲龍図は本当にすばらしかったなぁ。「ボストン美術館展」で生で見られたのは貴重な体験だったな。行ってよかった。*1
奇想の系譜 (ちくま学芸文庫)

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