横田増生『評伝 ナンシー関 「心に一人のナンシーを」』(朝日新聞出版)。勝手な思い込みだけど、「評伝なんて、やめてよねー。まぁわたしは死んじゃったから、仕方ないけどさぁ」なんて言いそうな気がする。しない?
副題が何やらいい話風味を醸しているのでちょいと心配していたが、俺の早合点であった。すみません。この言葉は、そもそもは大月隆寛が『CREA』で対談した際、「みんなどこかでナンシーが見てると思えば、自分で自分にツッコミ入れて、不用意に何かを信じ込んだり、勝手な思い入れだけで突っ走ったりしなくなるんじゃないかと思って」言った言葉だそうな。なるほど、そういう意味ならよくわかるし、俺も「心に一人のナンシーを」と思いたい。
とことん取材をしていて、些細な事でも当事者、関係者に話を聞いているから、立体的なナンシー関像が見えてくる。時に証言同士が衝突、矛盾したとしても、量が多いために逆にそこがポイントとなって、さらに像が出来上がっていく。どうかなと思っていた分析も、きちんと流れから読めばそれほどおかしくなかった。なにより、引用されている文章、カバーはじめ随所にふんだんに使われている消しゴムハンコの力がすばらしく、その配置も絶妙だった。
時に苦悩していた事も、時に人に嫉妬していた事もわかったけれど(人として当たり前だが)、仕事面でのトラブルエピソードがないのが少し気になった。あれだけ舌鋒鋭ければ抗議も来ただろうに、それにどう対処したのかなどのエピソードがあったらよかったのに(抗議エピソードがないわけではないが)。そういえば、散々悪口を書いた川島なお美からワインが贈られたという話は、かなりおもしろい。そしてその川島なお美にちゃんと話を聞いているのもえらい。見直したよ、ワインバカ。
話はどれもおもしろかったのだが、読み終わって、俺はナンシー関は大好きというか尊敬すらしているけれども、彼女の私生活などにはあまり興味がないのだと思った。ないというと語弊があるけれど、俺にとってナンシー関は、あくまで文章や発言、ハンコから見えるところだけでいいのだ。
それは、ナンシー関がテレビを見てコラムを書く際、裏側や噂話を一切書かなかったからかもしれない。顔面至上主義を謳うように、彼女は自分が見ているものだけをとらえ、考え、文章を研ぎ澄まし、笑いへ昇華していた。だから、俺は彼女が好きだし、信用するのだ。
評伝に先立ち、『お宝発掘! ナンシー関』(世界文化社)という、「最後の単行本 初収録コラム集!!」も出た。さすがに寄せ集めの感は否めないものの、冒頭のコラム一つだけで、「ナンシー関がいなくなったからテレビがつまらなくなった」は、あながち暴言ではないのだなとしみじみ思ってしまったよ。
ご多分に漏れず、思う。ああ、いまナンシー関がいたら、何を見て、どう斬ってくれただろう。
なんて、他人任せにするのも、気持ち悪がりそうだけどね。
- 作者: 横田増生
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
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