不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

延長戦はどこまでも

 奥田英朗『延長戦に入りました』読了。『泳いで帰れ』の勢いのままに読んだ。こちらもスポーツエッセイで、作家になる前に『モノ・マガジン』に連載していたもの。
 こちらも視点が普通ではない。「レスリングのタイツはなぜ乳首をだすのか」「ボブスレーの前から2番目の選手は何をする人なのか?」など、タイトルからして笑える。「高校野球とコールド負けの青春」が一番おかしかった。
 ユーモアの中にピリッとする一言を加えてくるのもさすが。あとがきで《冗談の通じる人には最良の爆笑本だと信じている》と自分で書いてしまっているが、本当に“最良”の“爆笑”本だから困る。
 俺がもっとも深く読んだのは、当たり前というか、いい加減にしろよというか、やっぱり「ジャイアント馬場が本当に強かった1960年代」だ。

 私は、今のプロレスは誰もが了解済みのフィクションの世界にはまり過ぎているのではないかと思う。あのミもフタもない明るさ、会場の温かさ、「お約束」の数々、あまりに予定調和で私はその輪に加わることができない。私が見た1966年の試合*1は、たとえ嘘でもノンフィクションと信じるに足る切迫感があった。
 もちろんそれはプロレスの話だけでなく、時代そのものがそうなってしまったせいだろう。情報がすみずみまで行き渡り過ぎて、我々は知らなくていいこともまで知ってしまったのである。(中略)海外旅行が一般的になると、なにやら恐ろしげな外人レスラーも普通の人間であることがわかってしまった。
 誰もが「どうせ裏があるんだろう」とすれっからしになり、少しのことでは素直に驚かなくなったのである。そしてたぶん怪獣モノもそうなのだ。もうゴジラ東京湾に現れたくらいでは誰も怖がらない。

 思い出したのはもちろん、前田日明だ。「ゴモラに破壊された大阪城」を見に行ったら城にはキズ一つなく、そばにいた左官屋のオッちゃんに聞いたら「俺らが徹夜で直したんや!」と言われた男は、ゼットンを倒すために空手を習い始め、プロレス界に入り、Uを創り、格闘王となった。

延長戦に入りました (幻冬舎文庫)

延長戦に入りました (幻冬舎文庫)

*1:ジャイアント馬場vsフリッツ・フォン・エリック。