不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

愛すべきスピード・ジジイ


 世界最速のインディアンを見る。監督はロジャー・ドナルドソン、主演はアンソニー・ホプキンス。足の速いインディアン(ネイティブ・アメリカン)ではなく、バイクの「インディアン」の事。そのインディアンに乗ってスピード世界記録(300キロ以上!)を作った63歳のジジイ、バード・マンローの話。ちなみに実話。結末などは分かりきっているけど、一応ネタバレあり
 いわゆる「スポコンもの」であるが、「スポコン」は嫌いではない。むしろ好きで、結構見ている。展開などは全てわかるんだけど、逆転劇はやはり見ていて爽快。しかも実話と聞けば、心は躍る。
 さらに、この映画はスポコンものであると同時にニュージーランドから、会場となるアメリカ・ボンヌビルの塩平原(ソルトフラッツ)まで行く“ロードムービー”でもあるのだ。この道中の話がいい。
 様々な人と出会い、助けられていく。あまりにもいい人ばかりだが、脚色があるとはいえ、実話なのだから、出会いは素晴らしい。
 道中の人々は、ジジイが世界記録に挑む(しかもバイクの!)と聞き小馬鹿にするが、マンローは意にも介さず自己紹介をし握手をする。そしてバイクへの熱き思いを語る。気付けば仲良くなり、助けてくれて、再び握手をして別れる。もしかしたら二度と会わないかもしれない。だけど「それじゃあまた」と言いながら別れる姿は美しい。
 アンソニー・ホプキンスが68歳にしてバイク乗りを熱演。最初はそれほど魅力的でもなかったマンローが、物語が進むにつれ、どんどんチャーミングになっていった。微笑ましいったらありゃしない。バイク乗りにしては少々太めなのは目を瞑ろうじゃないか。
 特に捻りもなく、ストレート過ぎるといっていい物語。しかし、こんなに楽しく、愉快な気分にさせてくれる映画も久し振りかもしれない。舞台は1962年。アメリカはベトナム戦争中。同じ時期に《夢を諦めるくらいなら、野菜になった方がましだ》と言い放ちバイクに跨るジジイがいた。そして―繰り返しになるが―これが実話なのだから愉快じゃないか。
 それにしても、何故人はスピードに憑りつかれるのだろう。F1を見ている自分でも疑問だったが、その答えもマンローが教えてくれた。
《5分は一生に勝る》
 5分どころか1秒、100万分の1秒も一生に勝るのだろう。多分、世界記録を超える瞬間、いわゆる「スピードの向こう側」に行った瞬間、多分、彼らは死んでもいい、と本気で思うのだろう。
 その後、マンローは大会に参加し続け、1967年に作った世界記録は未だに破られていないという。技術が進化しても、1920年製の「インディアン」に乗っているジジイの記録を破る事ができない。必要なのは“自分の”技術と経験。そして、情熱。最速で走るためにそれ以外に何が必要なのか。つまり、最後は「人間力」なのだ。
 僅かな人間しか到達できない一点を目指し、マンローは人生を駆け抜ける。貧乏でも、孤独でも(実際は孤独ではないけど)、周りから冷やかされても、気にしない。夢に向かって、勇気と、優しさと、行動力を持って走る。
 自分の心の内にある好奇心、夢に真正面であり続ける姿は、美しさと素晴らしさに溢れている。*1

*1:それでも現実に気付かないといけない時もあったりして、難しいんだけどね。いや、こう書いている時点で俺はもうマンローになれないんだろうな。