不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

うじ虫の思い出

 ウィリアム・モール『ハマースミスのうじ虫』読了。久方振りにミステリー(ハードボイルドでもある)古典作を読んだ。最近のミステリーに比べると、事件は単純、ゆっくりじっくりと物語は進んでいく。amazonよりデータ(物語)を転載すると、

 風変わりな趣味の主キャソン・デューカーは、ある夜の見聞をきっかけに謎の男バゴットを追い始める。変装としか思えない眼鏡と髪型を除けばおよそ特徴に欠けるその男を、ロンドンの人波から捜し出す手掛かりはたった一つ。容疑者の絞り込み、特定、そして接近と駒を進めるキャソンの行く手に不測の事態が立ちはだかって…。全編に漲る緊迫感と深い余韻で名を馴せた、伝説の逸品。

 読後の爽快感はあまりない。むしろ、苦い気分。それが《伝説の逸品》と呼ばれる由縁か。熟成は十分だ。
 細かく本やワイン、食べ物のネタが出てきて鼻につく人もいそうだ(俺は結構好き)。イギリスの上流階級の暮らしが押し付けられているような錯覚を覚えるが、これが後ほど効いてくるから面白い。
 基本的に一対一の心理戦。心理戦といっても、「どうやって裏をかくか」ではなく「どうやって追い詰めるか」。勿論キャソンが“バゴット”を追い詰めるわけだが、そのやり方が実にねちっこく、容赦なく、段々“バゴット”が可哀想になるほど。
 その過程がちょっとまどろっこしい時もある。それは「刺激」になれてしまっている現代だからだろうか。《逸品》を楽しむには、大人の余裕が必要かもな。
 ラスト2行がとてもシニカル。虚栄心によって犯罪を起こし、虚栄心によって消えていった犯罪者。ある意味、とても“人間臭い”。その“人間臭い”犯罪者を「うじ虫」と言い切ったタイトル。
 これは「忘れない」な。

ハマースミスのうじ虫 (創元推理文庫)

ハマースミスのうじ虫 (創元推理文庫)