不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

死んだらそれでさようなら

 イーストウッドじいさんの次作がサイキック・ホラーだと聞いた時は、「おいおい、大丈夫かよ」と多数の方が心配しただろうが、結果ホラーでこそないものの、サイキックというかスピリチュアルというか、ともかく微妙な題材である「死者との交流」と「来世」を、こんなレベルの高い作品にしてしまうとは思わなかった。イーストウッドの監督の手腕はもはや誰も止められない領域に行き始めたと感じずにはいられない。
 ヒア アフターを見た。監督・製作・音楽、クリント・イーストウッド。。出演、マット・デイモンセシル・ドゥ・フランスブライス・ダラス・ハワード、ジョージ・マクラレン、フランキー・マクラレン。製作総指揮はスティーヴン・スピルバーグ

 知らなかったのだが、スピルバーグの名前を見つけて妙に納得。きっとスピルバーグから「あの、こんな企画・脚本あるんですけど、どうですかね? 霊魂とか……興味ないですよね?」と脚本渡されたイーストウッド翁は、肉汁たっぷりのハンバーガー片手に喰いながら「あー?……うん、よし、まぁやってもいいけど、俺流にやるから」と答えてできあがったのがこれで、スピルバーグ氏どう受け止めたらいいか困っちゃったんじゃないかな、などと勝手に妄想した。
 津波に飲み込まれて九死に一生を得たフランス人女性ジャーナリストと、双子の兄を失った少年、そして自らの力を呪いだと思っている霊能力者、三つの物語が同時進行する。霊能力者ジョージ役をマット・デイモンが好演している。体型を変えているわけでもないが、『インビクタス』とは打って変わった印象を受ける。姉の言葉を借りれば、彼の「もっ!」とした顔は好きではないのだが、本作の演技はかなりよかった。その他の俳優たちも、みな好演熱演。トンデモ霊能力者の方々の、「ああ、こういう人っているよな」という説得力満点の演技もよかった。
 冒頭の津波シーンでまずビビる。その迫力もさることながら、俳優もカメラも一緒に津波に飲み込まれるカットは、撮影現場を見てみたい。また津波後の破壊されつくした街並みもすさまじいものがあった。だが、冒頭こそダイナミックかつスペクタクルで、途中にもアクセントとなる派手な地下鉄シーンがあるものの、あとは坂を緩やかに下るように、淡々としたものであった。
 強烈なフックはそこかしこにあるにもかかわらず、それに引っかかってみてもあっさり降ろされたりして、イーストウッド特有の腰を据えた抑制のきいた描写なのに、何故かこちらは宙ぶらりにさせられる、たいへん妙な気分になった。たとえば料理教室での不必要にエロいねっとりした目隠し味あてシーン。霊能力者の孤独さを描くにしてもやり過ぎで、あのやり取りがあったから別離が際立つにしても、それがまた淡白なので肩透かし。
 それは三つの物語が交差するブックフェアシーンでも変わらず、自然な流れでの三者の初対面にはカタルシスが少なく、これをどう受けとめればいいのかと、やや悩んでしまうほどであった。あのキスシーンだって唐突といえば唐突で、映画内ではかなり浮いている。
 そうやって観客が振り回され、宙ぶらりんになっているのを、イーストウッドがニヤニヤしながら見ているんじゃないか、とすら思う。
 それにしても、政治家のノンフィクション頼んだのにスピリチュアル本持って来られたら困惑もするよ。俺だったらキレる。伝手を探してあげるなんて、やさしいねあの人。そして、そんな本に興味持つのはアメリカとイギリスってのは、ちょっとお国柄が出てておもしろいなと思う。きっと日本なら、よければ徳間書店、悪ければたま出版あたりから翻訳が出るんじゃないかな。「私は来世を見た!」とかいうタイトルで。推薦文は江原啓之
 ともあれ、自らの墓標のような『グラン・トリノ』の後に、来世なんぞを描いた本作を撮るのは至極当然の流れのようにも思えるが、しかしおもしろいのはここには神や人間外の存在は皆無であり、あくまでも人間と死者=霊魂の話として描かれている事だ。
 つまりヒアアフター=来世と題されてはいるが、この映画は現世の物語であり、失った人やあの世、来世を考え、思い、悩む、現世の人々とその孤独な心にカメラは向かっている。死という絶対かつ未知の領域に踏み込みながら、リアリティをギリギリ踏み外さずに、これまで同様のイーストウッドの確固たる視点と信念が伝わってくる。
 宗教臭くもなく、しかし「老いを感じたから撮ったのね」とも思わせず、単なる自身のフィルモグラフィーの通過点のようなあっさりとした一本。こんなもん、よく撮れたなと感心するしかない。と同時に、前述したように観客を宙ぶらりんにさせて楽しんでいる、イーストウッドのS的センスが発揮された作品でもあるのでは、と邪推している。なにせこのジイサン、ドSだからな。*1
 ちなみにイーストウッドは、2003年に出演した「アクターズ・スタジオ」でこんな事を言っていたそうだ。

リプトン もし天国の門に着いたら、神に何と言われたいですか。
イーストウッド  “ようこそ 永遠にいていい”“どこへも行かなくていい”“72人の処女が待っているぞ”(笑)。*2

 喰えないジイさんだな、ほんと。

*1:と知人の映画狂いに言ったら、「そうだよ。でも同時にMでもあるんだよ」と笑顔で言われた。

*2:http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Cinema/2268/a_studio/eastwood_8.html