不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

「ペイ」

 昨日の続きといえば続きになるのだが、という冒頭から書き始めて、書き終わってから読み直したら全然続きになっていなかった。それはそれとして、これまでPaypayを使った事がない。ずいぶん前に悪友の一人から飲み会でいかにこれがお得なのか力説された事があって、そいつは元カード会社に勤めていたのもあってかわかりやすく話してくれて、ふーんそうなんだーへーと聞いていたのだがそれでもやらなかったのは、「ペイペイ」という音が間抜けっぽい響きだったから。そんな折、iPhoneの機種変更をした際に、何がどうなってどうなのかわからんのだが、Paypayで三千円分あるんですよと店員にいきなり言われてアプリで確かめなければならなくなり、その場でダウンロードした。確かに三千円とあった。ソフトバンクとヤフーが運営しているのだから俺が払っている通信料などが回り回って少し俺に戻ってきただけなのだろうが、こういう降ってわいたような金、正確に言うと数字は何だか気味が悪い。どこかで誰かが損をしているのではと思ってしまう。カミさんがホットペッパービューティーのクーポンで行った美容院で仕組みを聞いたら、その美容院が負担しているところが大きかったらしい、詳しい事は忘れてしまったが。だからといって、家電量販店のポイントは貯めるし使っているのだから、やっぱりPaypayの名前と音が気に喰わないだけかもしれない、ペイて。

切符は小さい

 定期を家に忘れてしまったので仕方なく切符を買った。会社までJRから私鉄に乗り換えるのだが、乗り換えボタンを押すと「JR→私鉄」がなくて「JR→私鉄→JR」しか見当たらず、どこかにないかと探したが気づいたら後ろに人がいたのでとりあえず乗換駅までの切符だけを買う。電車に乗った時にiPhoneSUICAアプリを思い出して、早速ダウンロードし、あれこれ設定したらあっさりとSUICAiPhoneの中にできた。あくまで臨時なので千円だけチャージして、乗り越し精算機で支払ってみたら問題なく使えた、これは便利だ。これをメインにして定期までiPhoneに集約するのは危うい気がするのでそれはしない、まとめればまとめるほど便利だが、まとめるほど危ない、バランスの良い分散を、何事も、リスクヘッジ。これでますます切符を買う機会が減っていくのだろう。久し振りにあの小さな紙を持ってみると、これくらいだっけなとその小ささに少しだけ驚いた。ガキの時に読んだ漫画がおもしろかったからと大人になって買い直して読んだらあまりおもしろくなかった事に似ている気がしたけど、書いてみたらそんなに似ていなかった。

結論なくまた書いていきます

 年末年始は日記ばかりを書いていて平日の雑記ではどんな事を書いていたっけなと迷子になってしまったので過去書いたものを少し読み直してみたら、わりとおもしろいではないかと自画自賛するも、このおもしろさは俺のおもしろさであって他の人がどう思うかはわからないわけで、かといって自分がおもしろいと思わないものを書いても仕方がないなと開き直ろうとしたがそもそも「おもしろい」と確信しながら書いているのかと問われれば答えるのに躊躇するし、いやしかしだな、この「おもしろい」ってなんなんやろなとまたもや別の迷子になってしまった。

一月一一日、閑散

 上司に頼まれた所用で新宿に行く。緊急事態宣言が出ても繁華街は賑わっている、人が多いとニュースで報じられていたので新宿はどんなものかと少し歩いてみたが閑散としたものであった。いつもの、「いつも」が一年近く前なのだが、いつもの平日よりも人は少ないのでは。そもそも前回と違ってアルコール消毒液もマスクも行き渡っていて対処の仕方もわかっているのだから、前よりも人が多いからといってそれほどの問題ではないと思う。むろん密になるのも飲食店で飲めや歌えと騒ぐのも駄目なのは同じだが。用を済ませてから会社へ行き、気づいたら夜で会社を出たのは外出すんなという二十時をとうに過ぎていたが、外出しないと帰れないので外に出る。今度は最寄駅の一つ先で降りて二十一時過ぎの商店街を歩いてみる。いくつかのチェーン店とドラッグストアだけ開いており、ほとんどシャッターが降りていた、もちろん人もいない。終電帰りのようだ、気分がよくなってしまった。「不要不急の外出は控えてください」と書かれた横断幕を背にしながら帰宅。

一月一〇日、一人っきり

 早朝手洗いに起きたらやけに寒くて気温を見たらマイナス2℃だった。用を足してから寒い寒いと布団に潜り込んで二度寝し、次起きたら2℃。会社に行きたくなかったが昨夜FAXで書類を送ったという連絡があり、それだけならいいのだがそれをPDFにして別の人に送らなければいけないので今日も行く事になってしまった。行った以上は会社の電気と設備を使って仕事を進めようと、フロアで一人きりで昼から進める。誰か入ってこないだろうかという若干の怖さこそあれ一人での作業は好きだ。十七時までと期限を決め、その十七時に進行している作業が終わったので一人でガッツポーズ。とっとと帰宅、夕飯は豚キムチ。カミさんの豚キムチはいつ食べてもうまいな。明日も出社で昨日も出社で三連休は三連勤、予想していた通りではあるが、だからといってやっぱりぐったりはしてしまう。

三分の祈り

「わかるよ、クソだよねこの世界は。この病室も窮屈で、俺も牧師なのにこんな格好でごめん。でもさ、3分間ここにいるから、なんでもいい。吐き出してくれ。ぶつけてくれ。だから3分たったら、少し落ち着かないか」
「わかるよ、クソだよねこの世界は」――米コロナ病棟で命に寄り添う、日本人牧師の奮闘(Yahoo!ニュース 特集)

 この「3分」の「なんでもいい」は、話すでも、書くでも、踊るでも、歩くでも、ポップソングでも、猫を撫でるでも、海を見るでも、何でもいいはずで、それをつまりは「祈り」であり、また「願い」と呼ぶのだろう。

 願え、願いこそすべてを可能にする。(『魍魎戦記MADARA赤』)

 生きる事は選び続ける事で、選ぶ事は祈る事、と書く事も祈りに近い、そして全ては自分のものだ。何に祈る、神か仏か、俺の預かり知らぬところである、神でも仏でも猫でも言葉でも三分間のポップソングでも、好きなものにしろ、好きな事をしろ、迷惑はかけんな、生きろ、選べ、祈れ、書け、歌え、踊れ、歩け、進め。(選び続ける - 不発連合式バックドロップ

年末年始に読んだ本

 この年末年始は本を三冊くらいしか読まなかった。昨年最後に読んだのは、養老孟司伊集院光『世間とズレちゃうのはしょうがない』(PHP研究所。たぶん対談自体は一、二度しかやっておらず途中で養老さんが飽きちゃった気がするし、妙なところに一行空きが入っていたりと、内容が結構おもしろいだけにもう少しちゃんと作ってくれたらよかったのにと思う一冊。世間とズレてるのが怖いと理屈で調整してやっている芸人と、ズレているからズレっぱなしでいいやと開き直った解剖学者。俺はタイプとしては伊集院の方だなぁと思いつつ読んだ。あと読んだのは山根貞夫・米原尚史『『仁義なき戦い』をつくった男たち 深作欣二笠原和夫』(NHK出版)で、五部作を見た後で古本屋で見つけたのでこれは買うしかないと購入。おもしろかったけど俺が求めていたのは『仁義なき戦い』という映画そのものについての本だったので、また改めて別の本を読むかも。

 年末に突如短歌を読みたくなって、現代短歌の歌集を十数冊ほどまとめ買いをし(正岡子規の本も買ったけど)、その辺に置いておいて、時折適当に手に取っては開いて二、三首読み、閉じてまた別のを開いて、という読み方をずっとしていたので他の本がなかなか読めなかった。歌集以外にも木下龍也『天才による凡人のための短歌教室』(ナナロク社)を読んだ、それで自分でもちょっとやってみたくなってしまって、また、いずれ、そのうち、たぶん、きっと。

天才による凡人のための短歌教室

天才による凡人のための短歌教室

  • 作者:木下龍也
  • 発売日: 2020/11/14
  • メディア: 単行本