不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

あの時この曲を聞いていた

 修羅場終了直後に動画を置いた、ゆらゆら帝国の“ソフトに死んでいる”のライブテイクが何だかやけに染みて、いまも事あるごとに聞いている。できればYoutubeの動画を見たい、後半歪んだギターの音と共に床をツルツルと滑る坂本慎太郎氏が素晴らしすぎる。再度動画をここに置く。

 まだ知らない音楽を聞きたいという欲求は常にある、音楽に限らず映画や小説など何でもそうだ。一方で同じくらい、好きになった音楽をもっと聞きたいとも思う。映画の再見、小説の再読の欲求もあるはあるのだが、それはたまにの事で、音楽よりも小さい。音楽はかつての音をまだ強く求めている。そして、音楽は他のものに比べて記憶を深く掘り起こす気がする。これを聞いていた頃、自分は何をしていたかが音ともに蘇る。思い入れのない曲であっても記憶が揺さぶられる時もある。映画や小説にないとは言わないが、やはり音楽よりも弱い。同じくらい記憶を掘り起こすのは、香りだ。だけど記憶は、記憶からは音楽や香りは掘り起こされない。
 もう自分から再生する事はなくなったMr.Childrenの“名もなき詩”を聞くと、いつも高校受験のために行っていた塾の同じクラスだったKを思い出す。彼にこの曲を教えてもらい、聞いた。久し振りに改めて聞いてみたらやっぱり思い出した、俺はシングルを発売日ではなくすいぶん後になって、そう確かえらく寒い日に一緒にKとCDを買いに行ったはずだ。現在のKの事は随分前に、シンガーソングライターのような事をしていて、自主制作だろうがCDを出して、ライブもしていた事を知ったが、その後の事は知らない。いまもMr.Childrenが好きなのだろうか。