不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

世界を握りしめ、栄光をつかめ

 柳澤健『日本レスリングの物語』(岩波書店を読んだ。372Pとたっぷりあるが、一気呵成に読んでしまった。内容そのままの無骨なタイトルだが、読み終えてみるととこれしかないと思う。レスリングとは、オリンピックとは、スポーツとは何かに迫る力作。
 日本ではマイナーでありながら、80年の輝かしい栄光と挫折と迷走、そして再生という波瀾万丈な歴史を持つレスリング。相変わらず冷徹な目でファクトを見つめ、丹念な取材で手に入れた素材を、見事な文章力で組み上げていく。過去から現実、そして未来へと希望を紡ぐような構成になっていて、明るい気分になるのが何ともよい。
 『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』もそうだったが、戦前・戦中・戦後を同時代に過ごしたスポーツは、単にスポーツとして存在するのではなく、日本の歴史や構造にがっちり組み込まれていて、一つひとつから違った日本史が読み取れる。また本書は個人ではなくレスリングという競技、さらに言うなら日本レスリング協会の歴史でもあるから、組織の構造や争いなどもあったし、日本という島国が海外に出て異文化とどう接し、どう対抗または吸収していくのか、その道筋や方法が読み取れて、興味深い。
 レスリングが実はプロレスから始まっていたという話は、アマ→プロという流れが固定観念であったので驚いたし、八田一朗という桁外れの指導者、精神面強化のために冗談みたいな練習をさせた事、早くから外国人との戦いを意識していた事――どれもこれもおもしろいエピソードばかりだった。
 これだけの栄光の歴史を持ちながら(メダル数だけでもたいしたものだ)、“国技”と言われる相撲や柔道に比べてマイナーで、しかし一方で少年レスリングが全国津々浦々に広まって根付いているのだから、異質といえば異質なスポーツである。何がマイナーにさせているのだろう。
 ともあれ、俺はすっぽり忘れていたが、奇しくも(いや、出版社は狙ったんだろうけど)オリンピックイヤーである今年に本書が読めてよかった。前からチェックはしていたけれど、ロンドン五輪ではちとレスリングをより注意して見てみる事にする。これまでの本に比べたら、岩波書店レスリングの本といろんな意味で地味なせいだろうか、あまりチェックされていないようだ。勿体ない。著者か題材に興味おありの方、ぜひ一読を。
 柳澤さんの本では、書き忘れていたが前に出た二冊も読んでいる。1993年の女子プロレス』(双葉社はインタビュー集で、一つの出来事について複数の人物から話を聞きだし、証言と視点から立体的に浮かび上がらせる。その立ち位置と話から、彼女たちの思考も見えてくるのだ。著者が「ブル様」と呼んでいたりするのが、ちょっとおかしかった。でも俺も目の前にしたら、そう言うだろうなー。
 『1985年のクラッシュ・ギャルズ』(文藝春秋クラッシュ・ギャルズ以外にもう一人主人公を据える構成で、ドラマチックにぐいぐいと読ませる。著者の冷ややかな視線と、登場人物たちの熱き想いとの温度差がおもしろい。熱狂とは、読んで字の如し、熱く狂う事。俺は女子プロレスはあまり見ていなかったと思っていたが、意外やクラッシュ・ギャルズの事は結構知っていた。特に再結成あたりは深夜のテレビでよく見ていて、再結成試合もばっちりチェックしていた。長与と飛鳥だったら、ヒールの飛鳥が好きだったな。
 どれも夢中になって読むほどおもしろかった。柳澤さん、すげーな。プロレス・格闘技ものはもちろんだが、その他のジャンルのものも読んでみたい。

日本レスリングの物語

日本レスリングの物語

1993年の女子プロレス

1993年の女子プロレス

1985年のクラッシュ・ギャルズ

1985年のクラッシュ・ギャルズ