不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

魂のゆくえ

 Antony and the Ohnos―魂の糧―へ行く。ハコは草月ホールAntony and the Johnsonsアントニーの歌と、大野慶人の前衛舞踏のコラボレーション。音楽のライブ、コンサートにダンスがつくとかではなく、一つの芸術舞台だった。
 張り詰めた緊張感のある会場。誰も言葉を発していない。靴を脱いで、椅子の上で体操座りしている人が何人かいて、これから始まるものを待ち望んでいるような、恐れているような顔をしている。
 ゆっくりと暗転したかと思うと、舞台に張られた幕に太陽と雲の映像。そこにノイズが流れ、ゆったりとした舞踏が始まる。直前に飲んだ風邪薬のせいでややコックリコックリとしてしまったが、そんな耳に流れてきたアントニーの声、アルバム『THE CRYING LIGHT』の1曲目“Her Eyes Are Underneath The Ground”。ゾクッとして目が覚めた。ナンシー関のような巨漢の男が、ピアノを弾きながら歌っている姿は、一種異様なのに、マイクを通しているとはいえ、透き通って、はっきりと聞こえてくるのは、どこまでも美しい声。
 舞台にはアントニーの前にグランドピアノが一台と、ヴァイオリン、アコースティックギターを担当するロブ・ムースのみ。
 大野氏の舞踏は見入られるし、楽曲はポップでうっとりするのだが、この声を聞いていると、何もかもが消えてなくなりそうな気がしてくる。
 正直、前衛舞踏の事はよくわからない。少し距離を置けば滑稽とも見えてしまうが、目の前で見ると、理解不能なエネルギーを感じてしまう。合間合間には大野一雄の自主製作映画『O氏の死者の書』が流され、これもまた俺には意味不明で、理解できないのだが、大野一雄からも目を離せなかった。
 変な言い方になるが、異形の群れの儀式を見ている気分になった。観客は拍手する事も、歓声を上げる事もなく、ただただ見入り、聞き惚れていた。
 ハイライトは本編最後の一曲。大野氏は父・大野一雄と思しき指人形を操り、人形は指先一点で無邪気に踊る。アントニーが歌い始めたのは“Can't Help Falling In Love”。エルビス。大感動。
 アントニーが椅子から立って、ようやく観客は我に返り万雷の拍手。まさに万の雷のような拍手だ。
 アンコールでもう一曲、“Hope There's Someone”を歌い、舞台は終わる。再び万雷の拍手。アントニーは無邪気に笑いながら大野氏に花束を渡し、大野氏は指人形をしたまま花束を受けとり、また大野氏からアントニーにも花束を渡す。二度目のカーテンコールで、アントニーはその花を千切って、大野氏、いや大野一雄の指人形に降らせた。
 幻想のような美しい2時間を、確かに過ごした。感無量。