不発連合式バックドロップ

日記と余談です。

炬燵出し

 今日で今月の修羅場が終わる、疲れた疲れたと言い続けているけど今月もまた疲れて、些細ではあるけれど心がちょっとやられる出来事もあったものだから足元がふらふらしているのだが、寒くなってきたから忙しいのが終わったら炬燵を出さなきゃならない。人間は厚着すればいいから耐えられるけれど猫が耐えられない、毛が冬の密度になったとしても裸のままだ、床が冷たくて何かの上に乗ろうとしている、座椅子の上は争奪戦。炬燵を出したら猫が喜ぶだろうな、すぐさま潜り込んでいく様子が目に浮かぶ、出していきなり吐かれるかもしれない、それは悲しいけれど猫飼いの宿命だ、きっと炬燵布団を出せば膝に乗るようになるだろう。

「死ぬのを待っているんだよ」

 ずいぶん前に知り合った時から会うたびに老人はそう言っていた。酒は飲まないが煙草をやたら吸う人だ、家族とは離れて住んでいる、金はない、博打が強いそうだが実際どうなのかは知らない、糖尿病を患っていて自分でインシュリン注射をしている、健康に気を使っているようには見えない。老人には友人が何人もいたけれど、最近どんどん亡くなっている、先日も一人亡くなった、50年以上の付き合いがある人だった、「あいつの方が年下なのに、バカじゃないか。忙しすぎたんだよ、時間を無駄に使ったからだ」。口悪く言うが「亡くなったという電話が来た後、一晩中泣いちゃってさ。俺はこんなにあいつが好きだったのかと気づいたよ。俺の方が先に逝くはずだったんだけどな」。あなたはお元気そうですね、「元気じゃないよ、食事の量も減ったし。何が人生百年時代だ、そんなに生きたくないね」、でももうすぐ90歳じゃないですか、「明日どうなっているかもわからない、それが老人だよ。もう死ぬのを待っているだけだ」、今日も笑いながらそう言っていた。次に会うのはいつだろう、老人でなくとも、明日どうなっているかわからない。

『ザ・シェフ』を読んだ

 『ザ・シェフ』が電子書籍全41巻のうち30巻まで一冊11円だったのでその30巻まで買って読んだ。この漫画はいつの間にか存在も内容も知っていて、近所の蕎麦屋か床屋か喫茶店かでたぶん読んだのだろう、そういう漫画としては『こち亀』『ゴルゴ13』と肩を並べる存在だと思うが、この二作に比べると格が落ちざるを得ないのは何故だろう、東山紀之主演でドラマ化もされたのに、見た事ないけど。

 何故もなにも、結局この漫画は『ブラック・ジャック』の料理版でしかないからだ、原画か原作かどちらかの人もそう言っている。言うまでもなく名作『ブラック・ジャック』に比べれば劣ると言わざるを得ないものの比較対象が悪すぎるのと、扱っている題材が料理というのがネックだ。ブラック・ジャックは医者だから命を扱い、時に患者は死ぬ事もある、ハッピーエンドもバッドエンドも酸いも甘いもあって、清濁併せ呑むところが魅力だ。ところが味沢匠(主人公)はあくまでシェフでしかなく、どう頑張っても料理しか出てこない、さらに凄腕だからうまいものしか作らない。いついかなる場合でも、うまいものを喰って喜ばない、嬉しくない人間がいるだろうか。うまいものが出てくるこの漫画は、最後にはいい話にならざるを得ないのである。単体の料理の求道だったらまた違ったかもしれない。

 味沢は毎回誰かの悩みを聞いて、ちょっとアドバイスをしながらも「いずれにしろ私には関係のないことだ」と言って突き放し、でもそのあとで料理で背中を押したり気持ちを変えたりして、だけどそのお礼を言われると「何の事やら」ととぼける、いつもこれである。自分でやっていて恥ずかしくならないのか、それとも天然か、実は人助け大好きなのか。どの話もベタで、30巻どころか3巻読めば、出だしだけでこの話がどういう展開パターンになるかがわかる、水戸黄門的な漫画と言えよう、そんな漫画なのに41巻も出て、続編も20巻くらい出て、さらにその後にも何冊か出たそうだから不思議ではある、そんな漫画だからか? タイトルがそのまま『ザ・シェフ』とストレートなら、主人公の名前も「味」沢とえらく単純だ、『ブラック・ジャック』が『ザ・ドクター』だったらヒットしただろうか、したかもな、『ブラック・ジャック』だって別にひねったタイトルでもないし。

ザ・シェフ 1巻

ザ・シェフ 1巻

休日派予定日記

 今日は涼しい、気候の運営が荒っぽすぎる、きめ細かくやってほしい。本来なら十月上旬には炬燵を出しているがまだ出しておらず、猫たちも平気な顔をしていたが今日は机の下に集まってきて座り込み運動を行っている。近日中に行う事を約束するが抗議の姿勢は解いてはもらえなかった。昼過ぎに会社へ行き、仕事仕事。今日は特に何事もなく仕事、休日に仕事をしているのに何事もないわけがないではないかと思いつつ仕事、体育の日だというのに一ミリも運動をしていない、いつもほとんどしていないのだが、運動を始めようか、本当は水泳をしたい、泳ぎたい、海へ行きたい、冬の海でもいい、年末に一泊旅行の予定があって一つの予定だけでもその時間が楽しみになる、もっと楽しい予定を入れるべきかもしれない。

休日派あれから約20年日記

 昨夜寝るころには外はすでに静かになっていて朝起きたら見事な台風一過、雲もなく、風が強くて気持ちがよい。被害甚大な場所もあって、実際に埼玉方面に住む悪友から現地の惨状がメールで送られてきて息をのんだりしていたので、そうそうお気楽な事も言えないのだけれど、歩いていてつい気分がよくなってしまった、勝手なものである。このまま公園でも行きたいところだったが、残念ながら会社へ行く。作業を進めて、夕飯を喰ってまた作業を進めていたら、会議室で仕事をしていたはずの上司がツカツカツカと部署まで戻ってきて、「おい、ラグビーすごいぞ、見ろよ」と言ってテレビをつけて去っていった。見てるのか、見ていいのか、ラグビーはながら見できないので仕事ができんぞ、まぁいいやと見始める。1995年のW杯、あのオールブラックス戦での145対17はリアルタイムで見ていて呆然とし、「これは50年経っても世界トップクラスに勝つ事はないんじゃないか……」などと思っていたけれど、前回のW杯の南アの勝利、そして今回と、20年ちょっとでここまでになったんだなぁとしみじみしながら、手に汗握って見ていた、後半のスコットランドの猛攻を振り切り勝利し、決勝トーナメント進出。その間、仕事なんぞできるわけもなく。見終えて、残っている仕事を終えてから帰る。

さんくすゆー

 風が吹き、嵐呼び、天空高く龍が舞う。これまでもネタにしてきたように生粋の雨男で東京に住んでいる私の誕生日である本日、東京に大型で強烈な台風が直撃している最中、皆さんいかがお過ごしでしょうか、いかがも何もないか。さすがに台風は管轄外なのですが(雨が管轄内だとも思っていないが)、甥っ子から「龍ちゃんおめでとう、台風おめでとう」と後半はどうかと思う動画メッセージが届き、姉からは「台風のようにたまには気遣いを忘れて好きにやることも大事」とうまい事を言われ、友人たちからは「そろそろ台風は無関係という主張を取り下げていただきたい」「とうとう台風まで起こせる雨男に成長したのね」「天変地異を呼ぶ男、おめでとう!」などと言われてしまった。まさかこの日に直撃するとはなぁ。

 被害も出るであろう時に浮かれた日記を書くのもどうかと思ったものの、いつだって誰かの誕生日であり命日でありグッドデイでありバッドデイなのだから、気にしたところでそれこそどうしようもないのでこうしてキーを打ち続けている次第であります、本日をもって三十代ラストの39歳になりました、サンキュー。

 この一年、唯一あったいい事といえばカミさんの病気がかなり快復してきて、丸一年経ってようやく本当にホッと安心できるようになった事か、これだけでもお釣りが来るといえば来るほどなのですが。俺自身といえばあまりよろしくなく、何度か書いていたけれど、寝込むほどの病気にかからなかったが心身共に、ずっと疲れて、ずっと不安定で、いまもそれが続いております。いつ終わるんだろう、これ。

 来年は四十で不惑だそうですが、不惑どころか引き続き惑ってばかりの一年になりそうで、この年齢に惑うからわざわざ不惑などと言うのだろうと一人で理解しております。友人なり会社内なりで大きな選択をした人たちがいて、彼らを見ていてもう少し視野や範囲を広げたり、新しいところへ行ったりしてもいい、まさに姉のメールのようにもう少し好きなように生きてもいい気がしてきました、これまで好きに生きていなかったのかと言うとまぁそんな事もないのだけれど。

 いつもこの日の日記に書いている「漂えど沈まず、和して同ぜず」という言葉と共に、ピーター・ブルックのこの言葉を胸に刻んでおきたいと思います。

 死守せよ、だが軽やかに手放せ。

前夜

 とにかく今回の台風はヤバいんだからいろいろと備えておけ、備えあれば憂いなし、油断大敵火の用心、気張りすぎず慢心せずにできる範囲でできる限りの対応はしておいた、あとは起こってから。「自分だけは大丈夫」という正常性バイアスに気を付けろという記事を読んだ、こんな薬にアレルギーの人がいるなんてという薬疹を持つ俺と、数%もいないという難病奇病にかかったカミさんがいる我が家はそんな事は思わない、「自分だけは駄目かもしれん」とも思わないが。いつも何かは起こり得る、必ずこちらが考えた事の斜め上あるいは下、前、後ろの事しか起こらない、予想通りはあり得ない、大げさか。何にせよ、皆さんお気をつけて。